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第48話
「それでは!うろ覚え倶楽部の新たな仲間を歓迎して乾杯!」
『カンパーイ!』
ジュージューと焼き色が付き始めた焼肉を前に、黒氏 会長の乾杯の音頭に合わせて皆グラスを勢いよく合わせる。僕もジンジャーエールのグラスをおそるおそる差し出した。一応本日の主役であるらしい僕にみんなが乾杯とグラスを合わせてくれるのを、ありがとうございます、と頭を下げて受ける。
大学の最寄り駅から一駅。駅前にある焼肉屋が本日の歓迎会の会場だった。
どうせだからと臨時で行われたサークル活動にしっかりと参加させられ、そのまま連行されるようにこの店に。もちろん本日のお財布である緋葉 も一緒だ。
「いやぁ、それにしても初日から見事だったぞ!まき……じゃなかった、奏川 君!」
「はぁ。あの、どうも。」
「翡翠 にかかればあんなもん楽勝よ。な?」
どうして緋葉がドヤ顔なのかはよく分からないが、どうやら僕はうろ覚え倶楽部の一員としてしっかりと役目をはたしてしまったらしい。
基本的に大学内に設置している依頼BOXに投稿されている依頼を解決していくことを主としているらしいうろ覚え倶楽部だけれど、……まぁ、そんな依頼がそうそう来るはずもなく。
そんなわけで依頼のない時に彼らが請け負っているのが大学内の図書館での本の検索、つまりレファレンスなのだそうだ。
図書館に寄せられた利用者からの声をもとに、図書館員の方に代わって、タイトルや内容の一部から本を探し出したり、希望する資料を探し出したり。
本日も職員の方から回してもらった依頼をこなそうとなったわけだけれど……僕が即答してしまったわけだ。
「本なら翡翠に任せておけば間違いねぇよ。な?」
いや、だからなんで緋葉がドヤ顔なんだろう。
解決できない依頼をしてしまった申し訳なさから入会してしまったけど、出来ることなら目立たないように隅の方で大人しくしていよう。そう思っていたんだ。……本当に、思っていたんだ。
だから今日の集まりでも部屋の隅に座って、発言するつもりだってなかったのに。
黒氏会長が突然図書館に行くぞとか言い出すから。
本に囲まれて、本を探そうなんてみんなでやり始めたから。
そんなことされたら口を出さないわけにはいかないじゃないか。
「本当に凄かったよね。私なんて答え聞いても知らない本結構あったし。」
「図書館の人もビビってたよな。」
「ううっ。」
青柳 さんと紫都 さんの視線に耐えきれず身をすくめる。
初日から完全に間違えた。これもう、ほとぼりがさめた頃に退会とか絶対出来ないやつだ。
僕に集まる視線に耐えきれずうつ向けば、隣に座る緋葉がポンポン、と僕の肩を軽く叩いた。
「ま、こいつらのこのノリはいつもの事だから。諦めて付き合ってやってくれ。」
「うう。」
抗議の意味を込めてじ、と蒼穹を見上げれば、その口元がニヤリと弧を描く。
「でも、楽しかったんだろ?」
「……楽しかった。」
緋葉には隠し事は出来ないらしい。
素直に頷けば、緋葉は嬉しそうにニカッと笑って僕の背中を思いっきり叩いた。
「った、」
「そうこなくっちゃな!ようこそ、うろ覚え倶楽部へ!」
コーラの入ったグラスを片手に手にしたままだった僕のグラスに勢いよくぶつけてくる。
それを見ていた皆もカンパーイ!と再び声を上げていた。
なんでこの人達まだそんなに飲んでないのにこんなにテンション高いんだろう……
「奏川ぁ、ほらほら、今日の主役なんだから飲めよな。」
「え、いや、僕は、」
隣に座っていた浅黄屋 さんが、僕の肩に腕を回し、手にしていたグラスを押し付けてくる。烏龍茶、に見えるけど多分これお酒だ。
「あの、僕まだ…」
「ほら、少しは先輩に付き合えよぉ。」
グイグイと押し付けられるグラスを手で制していたら、隣から伸びてきた手が浅黄屋さんの手からグラスを奪い取った。
「ダメだっつーの。翡翠はまだ未成年なんだって。」
「ん?あれ?そうだっけ。」
軽く浅黄屋さんをひと睨みしてから緋葉は手にしたグラスの中身を勢いよく煽る。そうして飲み干したグラスをダンッとテーブルに叩きつけた。
……もしかしなくても怒ってる?
浅黄屋さんも空気を読んでくれたらしい。
「あー、悪い奏川。」
「い、いえ。」
「ったく。全員翡翠には一滴も飲ませちゃダメだからな。」
突然伸びてきた緋葉の手が僕の肩を勢いよく抱き寄せる。
「ちょ、ひ、ヒヨ!」
あまりに突然すぎて一気に血液が沸騰しそうなほど体温が急上昇する。そんなことお構い無しに緋葉は誰にも触れさせないとばかりに僕を思いっきり抱きしめた。
「離してってば!」
駄目だ。押しても叩いてもビクともしない。
必死に抵抗を試みるけど、焦っているのは僕だけで、周りの視線は何やらほのぼのとしていた。
「なんだよー、大事な幼馴染見つけたと思ったら早速兄貴面かよ。」
「ずっと探してたもんね。なんかホントの兄弟みたいでかわいい。」
あ、これ緋葉の執着っぷりが既にサークルメンバーに浸透してしまってるのか。
これだけの執着を見せられて平然としている周りに、僕はこの場に味方が居ないことを察してしまった。
執着というか、これはもう……
「多家良ぁ、お前過保護すぎね?父親じゃねぇんだからさ。」
紫都さんの言葉に、緋葉は何故だかふふんと自慢げに鼻を鳴らした。
「その親父さんに翡翠を頼むって今日は言われてんの。初めての飲み会で何かあっちゃ温人 さんに合わせる顔がねぇからな。」
「ちょ、ちょっと待って!!」
突然ガタッと勢いよくその場に立ち上がったのは、先程からみんなの分のお肉を焼きつつ生暖かい目で傍観していた白附 さんだ。
うろ覚え倶楽部の中では一番大人しそうな人だなと思っていたのに。
彼の震える指が、僕に向けられる。
「あ、あの、お父様のお名前、奏川……ハルトさん?」
「はい。」
「あの、も、もももしかしなくても、お父様のご職業って…………うちの大学の准教授でいらっしゃったりとか、」
「はい。文学部で准教授をしているので、さすがに未成年で飲酒は父にも迷惑が…」
「はあっ!?」
ガタッと、何故か隣に座る浅黄屋さんも勢いよくその場に仰け反るように立ち上がり、驚愕に口元をわななかせた。
僕、何かまずいことでも言ったんだろうか。
「あの、」
何とか緋葉の腕から逃げ出した僕が口を開こうとした瞬間、白附さんと浅黄屋さんは示し合わせたように僕に向かって思いっきり頭を下げてきた。
『い、いつもお世話になっております!』
「ひ、」
勢いにおされ思わず背後に仰け反る。
苦笑した緋葉が耳元で教えてくれた。
「この二人、文学部。」
あー、なるほど。
「む、息子が入学してきてるとは聞いてたけど、ま、まさかなー。」
「そ、そうだよね。苗字、珍しい字を書くなとは思ってたけどまさか、」
「うむ、教育学部の俺も一年時世話になったぞ!まさかあの『菩薩の奏川』の息子さんとは!」
「ち、ちょっと待った!」
今度は僕が勢いよく立ち上がる番だった。
「ぼ、菩薩の奏川ってなに!?」
僕の疑問になぜだか全員が一斉に首を傾げる。
「え?知らねぇの?温人さん、学生の間じゃそう呼ばれてんだぜ。」
「へ?」
緋葉の言葉に全員がうんうんと頷く。
「どんな屑も見捨てずに寄り添って寄り添って寄り添って最後には一人の落第者も出さない菩薩の奏川ったら有名だろ?」
「毎年授業希望者殺到するって私も聞いたことあるよ。」
緋葉と同じ経済学部だって言ってた紫都さんに、法学部らしい青柳さんまで。
父さん。
僕は頭を抱えずにはいられなかった。
僕のいる薬学部と父さんのいる文学部はそもそも文系と理系。学舎も西棟と東棟のそれぞれ両端にある。
ましてや校内で家族として接することはよろしくないだろうとお互い不必要な接触を意図的に避けていたから互いの大学内の事なんてよく知らなかったんだけど……
あー、見なくても想像つくな。
「授業サボりたきゃ息子の話をふれってのも有名な話でさ。いやぁ、何度か使わせてもらったぜー。」
浅黄屋さんの感謝の方向がおかしい。っていうか、なんだそれは。
うう、頭痛がしてきた。
「ぼ、僕は教授にはゼミ生としてお世話になってて。天使のように愛くるしい息子さんの話をよく聞いてます!」
「天使……」
「そうそう、笑顔が世界一可愛いとかなー。」
「時折聞こえる鼻歌が天使の囁きのようだとか。」
「あと、小学生でかけ算100桁覚えた天才とかもあったよなー。」
「そう!漢文で書かれた話を中学生の時には既に読めていたとかも。」
「料理の腕前がプロ級であるとも聞いたぞ!」
「な、ななな、」
それ、誰の話!?
いや、事実もたしかにあるけれど、それにしたって話す!?生徒さんに!?しかも誇張にもほどがないか!?
隣でそうそう、わかるなー、と頷いている緋葉は絶対おかしい!
「あ、あと」
「そうそう、」
『ちょっぴり絵心のない!』
「余計なお世話だ!!」
ダンッとテーブルに両拳を叩きつけてから、僕はそのままテーブルに崩れ落ちた。
まさか、まさかそんな恥ずかしい話が広まってるなんて。
もう絶対東棟には行けないじゃないか。
っていうか、恥ずかしすぎて今すぐ消えてしまいたい!
「……帰りたい。」
僕の心からの願いは聞き届けられることはなかった。
「いやぁ、まさかあの息子さんだったとはなー。あ、飲み物お代りいるか?」
「あの有名な息子さんにこんな形でお会いできるとは!あ、お肉食べます?」
「うむ、あの奏川教授の息子さんとあれば、我々で全力で守らねばな!いいか、彼にはアルコールは一滴たりとも飲ませてはならないぞ!本日は二次会などせず21時には解散とする!」
『了解!』
目立たず、ほとぼりが冷めたらそっとサークルから消えようと思っていたのに。
僕の思惑に反してうろ覚え倶楽部の先輩方に強烈な印象を与えてしまった挙句に接待なみの特別待遇までされてしまった。
これ、もう絶対、何があっても、どうやっても退会させてもらえないやつだ。
なんで、こんなことに。
いや、原因なんてわかりきっているけども。
「いやぁ、よかったな翡翠。」
誰のせいだと睨みつけても原因の一端である緋葉は怯みもしなかった。それどころか皆から一目置かれる僕を見てなぜだか上機嫌になる始末。
僕はもう全てを諦め目の前のお皿に入れられていく焼肉をひたすら食べるしかなかった。
……最大の原因である父さんにはへのお説教はとりあえず置いといて。
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