64 / 64
第54話
たっぷりと油の引かれた鉄板の上に緋葉 が薄力粉の液を流せば、ジュッ、と食欲をそそる音が広がる。
「ねえ、溢れちゃってるよ?」
「これでいいんだって。見てろよ?」
話しながらも緋葉の手は休むことなく鉄板の窪みに入るよう等間隔にタコを入れ、天かすを入れ。そうして流した液が固まり始める前に、両手で手にしたピックを器用に使ってはみ出た液を切り取り、窪みに押し込むようにしてやれば、あっという間に丸く形成されていく。
予想外すぎるその手際の良さに、思わず感嘆のため息が漏れていた。
今日は俺が晩メシ作ってやるよ。
緋葉からの不安すぎる提案を聞いた時には本当にどうなることかと思ったが、目の前にドヤ顔と共に出てきたたこ焼きは、確かに緋葉が得意料理と自慢するだけある出来栄えだった。
朝は父さんを緋丹 さんの元へ送り出す事に成功してほっと一安心。……したつもりでいたのだけれど、緋丹さんと父さんの関係が上手くいくことを願いながらも、今日の僕は心ここに在らずだったようだ。
複雑な心境はそのまま顔に出ていたらしく、夕飯の買い物に行こうとしていたところを緋葉に止められてしまった。
そうして今目の前にはたっぷりとソースとマヨネーズがかけられたたこ焼きが。
「俺、高校の文化祭、三年間全部クラス出し物がたこ焼き屋台になっちまってさ。ひたすらに練習させられたんだよなぁ。」
話しながらも緋葉は器用に自分の分のたこ焼きを焼き始めている。
なるほど。包丁はほぼ使用せず、フードプロセッサーという文明の利器を利用し、たこ焼き粉などという配合に悩む必要もない便利な物を使用しようとも、これは紛れもなく料理だ。
「ほら、熱いうちに食べてみ?」
期待にらんらんと輝く蒼穹の瞳に促され、いただきますと手を合わせる。
ふー、と何度か息をふきかけてから思いきって頬ばれば、カリッとした表面の中からトロリと中身が口の中に広がる。
「ん、おいひいっ、」
衝撃に思わず咀嚼しきる前にそう口にしてしまっていた。
目の前の緋葉の表情が、嬉しそうに溶ける。
「翡翠 の作るご飯の足元にも及ばねぇけどな。でも、これならいつでも作ってやるから遠慮なく頼れよ。」
「……ありがとう。」
カロリーとか、栄養とか、そういうことは置いといて。お皿の上の熱々のたこ焼きは、緋葉からの気持ちの塊だ。
毎日食べたい、なんて言ったら笑われてしまうだろうか。
「今度、緋丹さんや父さんにも作ってあげてよ。」
「ん、そうだな。親父たこ焼きなんて食ったことなさそうだし、今度する時は四人で、だな。」
父さんと緋丹さんが上手くいくようにという願いが言葉の中にあるのがわかって、僕は頷いていた。
鰹節がふわふわと揺れる熱々のたこ焼きをまた一つ口に運ぶ。
緋葉も焼き上げた自分の分のたこ焼きを頬張り、その出来栄えに満足してうんうんと頷いていた。
「おいしいね。」
この先、多分僕はどんなに美味しいたこ焼き屋さんに行ったとしても、きっとこのたこ焼きに勝るものには出会えないだろう。
――大好きな人が自分のために作ってくれたご飯は、世界で一番美味しいに決まってるよ。
今頃、父さんたちも晩御飯食べてるのかな。
ちゃんと気持ちを言葉で伝えて、二人で美味しいご飯を食べられてるかな。
「……僕も、美味しいご飯作りたいな。」
「何言ってんだよ。温人 さんも言ってたろ、翡翠の作る料理は世界一うめぇんだって。」
「ふふ、大袈裟だってば。……でも、そうだったら嬉しいな。」
誰かと、美味しいご飯を。
今までは、その誰かは父さんやおばあちゃん達だったのに。僕は今、美味しいご飯を前に、違う人と向かい合っている。
「おかわり食うか?」
「うん。お願いします。」
「おっし、まかしとけ!」
風変わりな晩御飯。
溶けそうな笑顔に、温かな空気。
ああ、そういえば今僕は緋葉と二人きりなんだ。
ようやく気づいた事実に、僕の心臓は今更ながらにトクトクと早鐘を打ち始めた。
ともだちにシェアしよう!

