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第59話 隣人も愛せよ

「やっはひさ、んぐっ、『息子さんを僕に下さい!』って頭さげるべき?もごっ、」 「……今どきそんな古風なセリフ、誰も言わないんじゃない?っていうか就職してから改めてって話どこいったんだよ。」 今日の朝食はピザトースト。 厚切りの食パンにケチャップとオリーブオイルで作ったピザソースを塗ってから、ウインナーとピーマン、玉ねぎ、もちろんチーズもたっぷりと。 簡単だけどボリュームたっぷり。ご飯を炊く時間がない今日のような日の鉄板メニューだ。 「じゃはあへだ、もごっ、お付き合いさせていただいてます!か。」 「それだとたぶん父さんには伝わらないよ。『こちらこそ、これからもご近所付き合いよろしくねー』とか言ってそう。」 「あー、んぐぐっ、いいほう。」 「もう、喋るか食べるかどっちかにしろ!」 「もごっ、やへぇ、うめぇ!」 どちらか、と言った途端に食をとるところがなんとも緋葉(ひよう)らしい。 多分足りないだろうと思って二枚分用意したピザトーストも、トッピングの余りの玉ねぎで作ったオニオンスープも、ものすごい勢いで皿の上から姿を消していっている。 それでも、どうやらまだ足りないらしい。 おかわりいる?と問いかければ、トーストを口いっぱいに詰め込んだ緋葉は全力で首を縦に振ったので、僕は仕方ないなぁと席を立った。 もしかしたら父さんが帰ってくるかもしれないと取っておいた分も、緋葉に食べさせて問題ないだろう。 身体のだるさが抜けなくてなかなかベッドから出られずにいたせいで遅めの朝食。 緋葉の住むこの青葉荘(あおばそう)の102号室で、こうして二人だけで朝食をとるのは実は初めてのことだった。 ……というか、父さんが連絡もなく家に帰ってこなかったの、初めてだ。 朝帰り。息子としてはなんとも複雑な気分だけれど、まぁ、自分も人のことは言えないわけで。 すごく、すごく複雑な気分だけども。 いつも父さんが座っている席を視界の隅に入れながら、ラップをかけていたピザトーストにチーズをのせてオーブントースターへ。 お昼ご飯は何人分作ろうか。 なんてぼんやりと考えながらオーブントースターの中で溶けていくチーズを眺めていたら、玄関の方から扉の開く音がした。 『た、……ただいまー。』 か細い声は、けれどここまでしっかり届いて、緋葉は緊張からかピシリと肩を跳ねさせる。 リビングのドアがそっと開かれると、その隙間から父さんが恐る恐る顔を覗かせた。 「た、ただいま……」 気まずさからか視線を彷徨わせる父さんの様子を見るかぎり、……まぁ、上手くいったってことなのかな。 「おかえり。ご飯食べる?」 僕はいたって普通を装ってそう声をかけたのだけれど、父さんはドアの隙間から顔を覗かせたまま。 「ああ、えっと、ご飯は大丈夫なんだけど、その……」 一瞬背後を振り返った父さんは、半開きになっていたドアをゆっくりと開く。 「え、」 そうして父さんの背後に見えた人物に、僕は思わず声をあげてしまっていた。 「緋丹(ひたん)さん、」 「親父!」 昨日この家を去ったばかりの人。都心の自宅に戻ったはずの緋丹さんが、父さんの背後に立っていた。 昨日で退職したはずなのになぜかカッチリとスーツを着て、緋葉と同じ金に近い蜂蜜色の髪も綺麗にセットされている。 一体なぜ。 「緋丹さんが翡翠(ひすい)に話があるって言うから、一緒に帰ってきたんだけど…」 「へ?僕?」 緋葉とよく似た瞳が、父さんの背中越しに僕へ向けられる。 「……失礼する。」 この場合、おかえりなさいなのか、いらっしゃいなのか、なんと声をかけるべきか悩んでいる間に緋丹さんは僕の前に進み出て、そして、 何故かいきなり勢いよく頭を下げた。 「翡翠君、……頼む。温人(はると)を私に譲ってはもらえないだろうか。」 なん、だって? 予想外の言葉に思考が止まる。 んだよ、やっぱそれが定番なんじゃねーか。 そんな呑気な緋葉の声も、今の僕にはまるで頭に入ってこなかった。

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