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第61話

「え、え、」 動揺に震えていた口元が、やがて全てを察しあ、と開かれ動きを止めた。 その瞳が、僕と緋葉(ひよう)の二人を映す。 「あ、あの、二人は、……お付き合いをしているってこと、なのかな?」 父さんの疑問に、僕と緋葉は一瞬顔を見合せる。 同性との恋愛が全ての人に受け入れられないことはわかっている。隠して生きている人も大勢いるって知っている。 でも、それでも僕はこの先緋葉と一緒にいたいし、それを父さんに認めてほしい。 僕達はほとんど同時に頷いていた。 「翡翠(ひすい)は、緋葉君を愛しているんだね?」 一瞬、無意識に息を止めていた。 愛。 重い言葉だと思う。 覚悟と強い想いが必要な言葉だと思う。 でも、僕はその言葉を初めて父さん以外の人にも使いたいと思ったんだ。 「うん。……愛、してるんだ。」 ゆっくり頷いて、はっきりとそう口にした。 一瞬だけ隣で照れくさそうに笑う緋葉を横目にしてから、僕は父さんに向き直る。 小さく息を飲む父さんの背後で、緋丹(ひたん)さんの口角がわずかに上がった気がした。 「緋葉と、一緒にいたいんだ。これからもずっと。」 真っ直ぐ告げれば、一瞬の沈黙の後、父さんは短く息を吐いた。 「そっか。……そう、なんだね。」 その笑顔が僕には泣きそうに見えて、思わず俯いた。 父さんは僕を家族にしてくれた。 たくさん愛してくれた。 だけど、僕はこの先その思いを同じように伝える家族をつくってあげられない。家族を繋いであげられない。 それでも、ごめんなさいの言葉は音にはしなかった。だってそれは全てを否定してしまうことだから。 でも、だったらどうしたらいいんだろう。 「俺からもいいっすか?」 そっと伸びてきた緋葉の手が、僕の両肩に触れる。 ぽんぽん、と二回。優しく叩いて離れたと思った瞬間には、緋葉は父さんに向け勢いよく頭を下げていた。 「翡翠のそばにいさせて下さい!絶対、泣かせたりしないんで!」 「ヒヨ、」 「緋葉君……」 いいよ、とも、駄目だ、とも父さんは言わなかった。 僕達を見つめたまま、ぐっ、と唇を噛み締める父さん。そんな父さんに優しく歩み寄った緋丹さんが、ぽん、と肩を叩く。 「温人(はると)。どうか、私の息子を信じてやってはくれないだろうか。」 「緋丹さん。……大丈夫、ちゃんとわかってますから。」 緋丹さんの言葉に、父さんは小さく頷いた。 「緋葉君になら安心して任せられるってわかってるから。……だから、翡翠を連れていかないでって、我儘を言う理由が見つからないなって。」 今にも泣きそうな顔で、それでも父さんは精一杯口角を上げて僕達に笑顔を向ける。 「ちょっと寂しく思っただけなんだ。……緋葉君、翡翠を、…その、よろしく、おねがい、…」 言葉を詰まらせる父さんに僕も言葉が出なかった。 緋葉とのことを受け入れてくれているのも本当。寂しいと思う気持ちも本当なんだと思う。 僕だってそうだから。 でも、僕は知ってる。 離れても、何があっても、強く想う気持ちがあれば繋がりは決して途切れないって。 だって、僕をずっと想い続けて、また繋がってくれた人が隣にいるんだから。 「……そっか。よく考えたら逆だよな。」 瞳からこぼれ落ちそうなものを必死に耐えて言葉を探す僕達の隣で、緋葉はあー、と声をあげ、うんうん、と頷いた。 「俺も温人さんも翡翠のこと大好きなんだから、この場合あれだ、」 意味がわからず思わず顔を見合せた僕と父さんに、緋葉は蒼穹を映したような蒼い瞳を細めてニカッと笑う。 緋葉はす、と息を吸い込み、もう一度深く頭を下げた。 「えっと、俺も家族に入れて下さい!」 よろしくお願いします!と勢いよく下げられた頭はすぐに上げられ、へへ、っと照れ笑い。 けれど、そんな緋葉に誰も言葉を返せなかった。 ふ、と緋丹さんの苦笑ともとれる小さな笑いだけが静まり返った部屋に落とされる。 「……え、俺間違った?ダメ?」 不安げに耳打ちされても、僕も何も言えなかった。 だって、こんなの、 こんなの、ズルい。 瞼の裏が熱くなって、視界が滲む。 けれど、僕の涙がこぼれ落ちる前に、ボロボロに泣き崩れた父さんが僕と緋葉を思いっきり抱きしめてきた。 「も……も゛ぢろん、だよっ、…う゛ぁ、ひすいも、ひよぉ君も、大好きだよぉ……!」 嗚咽混じりで全力で抱きしめられて、緋葉からぐえ、っと呻き声が上がる。 そんな父さんの手を解くどころか、僕も二人を抱き締め返してやった。 涙で上手く喋れそうになかったから、その分力いっぱい抱きしめる。 「……僕も、大好き。」 「っうう、翡翠ぃ……っ!」 「ぁ、ちょ、二人とも、ぐるし、」 火がついたように泣き始めてしまった父さんの肩に顔を埋めて、僕も涙を止められなかった。 「ほ、ほら、翡翠、温人さんも。別に離れ離れになるわけでもねぇし、悲しいことじゃないんだから。な?」 「ヒヨ、……そう、だね。」 「ん、だから離そ…」 「……やだ。」 とにかく涙はとめどなく流れてきて、僕は父さんと緋葉に抱きついたまま。 そもそも父さんにはもう僕達の声すら届いていないのかもしれない。 嬉しいのか、寂しいのか。もしかしたら安心したのかもしれない。 複雑な感情を涙で吐き出す父さんの肩に、抱き寄せるようにそっと大きな手が置かれる。 「好きなだけ泣けばいい。泣くことも愛情表現のひとつなのだろうから。」 「ひ、たんさん、うぁぁっ、」 父さんは泣いたまま、その手にもたれかかった。 嬉しいのか、悲しいのか。 涙の理由なんて、きっと誰にも説明できなかったと思う。 それでも、これだけはわかっていた。 この人達を愛してる。 だから、この先も繋がっていける。 だって、僕達は家族なんだから。

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