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番外編 2
掛け布団は綺麗に畳みベッドの下へ。
シーツの上には汚してもいいようにとバスタオルを敷き、ベッドサイドに置いてあるテーブルには、すぐに身体を清められるよう濡れタオルと水分補給出来るように白湯の入ったタンブラーが二つ。
指差し確認で準備を終えた温人は、満足そうに一つ頷くと、ベッドの上で姿勢正しく正座をしてから深々とこちらに頭を下げた。
「よ、よろしくお願いします。」
「……ああ、」
毎回のことながら返答に困る。
いや、答えは決まっているのだ。触れ合う行為を少しずつ、少しずつ受け入れてくれた温人が、遂に先日全てを許してくれた。
もう大丈夫ですから、我慢なんてしないでくださいね。そう言ってこうして場を整えてくれるまでになったのだから、こちらは喜んで受け入れるだけだ。
……が、ここまで丁寧にされてしまうと、どう反応を返せばよいのやら。
こういった行為は、もっと濃密な空気の元で行っていた気がするのだが……はてさて過去の自分はどうしていたのだったか。
緊張からベッドの上で身を固くする温人は、まるで判決を待つ被告人のようで、濃密な空気どころか罪悪感がいなめない。
「温人、私は君に無理をさせたいわけではない。こうして隣にいるだけで幸福だと思うのだから、無理して触れ合う必要は…」
「でも、触れ合えたらもっと幸せ……じゃないです?」
間髪入れずに問われて、言葉につまる。
それは、温人には肯定と映ったのだろう。緊張に引き結ばれていた口元が、緩やかに弧を描いた。
「僕も、同じように思ってますよ。ただ、その……まだ慣れない、だけなので。だから、あの、」
視線を彷徨わせ、言葉を紡ごうと小さく開いた口は、音を発する前に閉じてしまう。
それでも、言わんとするところは伝わった。
「……キスをしてもいいだろうか?」
言葉にすれば、温人は頷きを返してくれる。
頬に触れ、ゆっくりと唇を重ねれば、僅かに強張る温人の身体。
緊張するを伝えてきたその唇から一度離れ、二度目も触れるだけ。
三度目は角度を変えながら、食むように。
触れたいのは自分だけではない。温人のその言葉を信じ、性急にではなくゆっくりと。柔らかい弾力と熱を味わえば、僅かではあるが温人の強ばっていた身体が解けていく。
肩を抱き、呼吸の為に開いた隙間に舌を差し入れても、温人は抵抗しなかった。震える舌を吸い上げ、絡ませれば、ピクリと身体は跳ねたものの、その口から漏れたのは拒否ではなく熱い吐息。
「……っん、ふぅ、」
息継ぎに漏れ聞こえる甘い吐息は、いつだって理性を追い詰める。
優しくしてやりたい、もっと長く、時間をかけて触れ合いたい思いとは裏腹に、このまま貪り尽くしてしまいたい衝動に駆られる。
女性とは違う身体、そもそも触れたいという欲求すら起こらないのではと初めのうちは温人は気にしていたようだが、腰を撫で、脇腹を辿り、胸板をなぞる指に合わせて身体を跳ねさせる様は愛らしいと思う。
感じる体温は何よりも心地良い。
深く繋がれたら。誰よりも近いところにあれたら。それは、他の誰でもない、温人にしか感じることのない欲求だ。
怖がらせることのないように、ゆっくりと。
己に言い聞かせながら温人の身体をなぞり、纏っていた寝衣の釦を一つずつ外していく。
露わになった素肌にそっと口づけ、その身体をベッドへと横たえたその瞬間、
「あ。」
甘い吐息とは明らかに違う声が、温人の口から漏れた。
はっと肩を揺らし、目を見開く。その慌てた様子に思わず手を止めてしまっていた。
「どうした?」
「あ、いえ、その……糠床、」
……聞き間違えだろうか。
この状況下で聞くことなど未だかつてなかった単語が一瞬脳裏をよぎり、思考を停止させる。
ぬか、どこ?
「ぬかどこ……とは、あの漬物の糠のことだろうか?」
念の為言葉にして確認してみれば、温人は、はい、と頷いた。
どうやら聞き間違いではないらしい。
「母から分けてもらった糠床なんですけど、糠床って毎日かき混ぜて空気を入れてあげないと駄目になってしまうんです。今日、すっかり忘れてて。」
「ああ、……なるほど。」
「あ、あの、すぐ戻るので、糠床かき混ぜてきてもいいですか?」
おろおろと不安に視線を彷徨わせ、許しを乞うようにチラリとこちらを見上げるその人に、後にしろなどと言えるはずもない。
「…………ああ。大事なこと、だからな。」
たとえ、こちらが火照る身体を持て余していても、温人の寝衣が用を成しておらず、ほぼ裸体といっても過言ではない状態だったとしても。
それは温人にとっての重要事項。送り出す以外の選択肢などあるはずもなかった。
「ありがとうございます!あの、すぐ戻りますから、……待っててくださいね。」
「……ああ。」
他にかけられる言葉など、あるはずもない。
急がずとも構わないのに乱れた寝衣のままベッドを離れ部屋を飛び出して行ったその後ろ姿を、黙って見送るしか出来なかった。
……時折食卓に出てくるあの絶品のぬか漬けは、そうか、自家製だったのか。
一人残された部屋には、二つ並んだ白湯入りのタンブラーに身体を清めるための濡れタオル。シーツの上にはバスタオル。
温人が準備していたそれらを眺めながら今一度考える。
さて、濃密な空気とはどうやって作るものだったか。
手持ち無沙汰の中ぼんやりと考えたところで、答えが出ることはなかった。
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