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第3話

        ◆  ◆  ◆ 「ハッ……!?」  次に目覚めた時、紅蓮は全く見覚えのない場所に寝かされていた。 (? ここは……?)  病院でもない、かといって自宅でもない。  知らない家の天井が目に入り、柔らかいベッドのマットレスが背中に当たっていた。 「……?」  ゆっくりと起き上がり、周囲を見回す。  個室……なんだろうか。  しかし個室というにはあまりに広く、紅蓮が一人暮らししている部屋の二倍以上はありそうだった。  テーブルもベッドも高価に見えるし、花瓶などの調度品も質のいいものが揃っている。  ベッド脇のサイドテーブルには、誰かのものと思しき懐中時計が置かれていた。使い古されているが、これも高級品に見えた。一体誰のものだろう。 「……あれ?」  何気なく自分の姿を見下ろしてみたら、着ている服のサイズが以前と違っていることに気づいた。上背があるというか、普段の自分より背が高くなっている気がする。  なんか変だな……と思って壁にかけられていた鏡を覗き込んでみたところ、そこには紅蓮ではない全く別の人物が映っていた。 「えっ!? 誰だこれ!?」  黒髪なのはともかく、目鼻立ちがハッキリしていて、キリッとした顔立ちをしている。  純日本人の紅蓮はどちらかというとのっぺりした顔で凹凸も少ないので、こんな外国人っぽい顔になっていて驚いてしまった。  階段から落ちた衝撃で脳がバグっているのかと思ったが、何度目をこすっても目の前の人物は変わらない。見間違いでもなんでもなく、本当に外見が変わってしまっていた。 (えええ……? 誰なんだよこれ……。俺は一体誰になってしまったんだ……?)  突然の出来事に混乱していると、コンコンとドアがノックされて誰かが入室してきた。 「おいグレン、大丈夫か?」  金髪碧眼の美男子だった。いかにも貴族らしい格好をしており、上質な衣装を身に纏っている。背丈も今の自分とほぼ同じだ。  そんな彼が、心配そうにこちらに近寄ってくる。 「よかった、気づいたんだな。階段から落ちたって聞いたけど怪我はないか、グレン?」 「えっ……?」  グレンだと……? この人、今自分をそう呼んだのか? (忍野紅蓮、って意味じゃないよな……。だって俺、見た目は全然違う人だし……)  ということはこの黒髪の人物は、「悪徳の栄光」に登場するオルティガの側近・グレンってこと?  そして、そんな人にこうして声をかけてくるキャラクターなんて、たった一人しか……。 「オルティガ、様……?」 「ああ、そうだよ。その調子なら記憶喪失とかの心配はなさそうだな。本当によかった」 「あ……え……」 「それで、どこか怪我はしてないか? 足の骨が折れたりとかは?」 「あ、いや……それは多分大丈夫、です……」 「そうか、よかった。しかし慎重なお前が階段から落ちるなんて、珍しいこともあるものだな。よっぽど疲れが溜まっていたんじゃないか?」  そんなことを言いつつ、オルティガはサイドテーブルに置かれた懐中時計を手に取った。 「これも壊れていなくてよかったな。大切な形見なんだろ? 大事にしろよ?」  と、こちらに渡してくれる。 「あ……ありがとう、ございます……」  たどたどしく礼を言ったものの、未だに信じられなかった。  グレンは確認するように、もう一度彼の名を呼んだ。 「オルティガ・グロスタール様……」 「ん? どうした? やっぱりどこか痛いのか?」 「あ……いえ、なんでもありません……」 「そうか? でも疲れているみたいだから、今日はもう休め。無理してまた階段から落ちたら大変だ」 「は、はい……」 「それじゃ、また明日な」  労わるような言葉をかけ、軽く別れのハグをして、オルティガは部屋を去っていった。  再び一人になったグレンはもう一度鏡の中の自分を覗き込み、小さく呟いた。 「マジか……」  どうやら自分は、階段から落ちた拍子に「悪徳の栄光」の世界に転生してしまったようだった。  事故死した人が漫画やゲームの世界に転生するのはエンタメ作品でよくある展開だけど、まさかそれが自分の身に起こるとは思わなかった。  しかも転生したのは、自分と同じ名前のグレンという側近。なんなら、自分の二次小説で主人公に設定していたキャラクターではないか。こんなことが起こり得るのか。 (いや、この場合は前世の記憶を思い出したって方が正しいのかな……。前世の俺は、現代日本で読書を趣味にしていた「忍野紅蓮」だったってことか……)  真偽は不明だが、いずれにせよ今の自分がオルティガの側近・グレンであることは確かなようだ。  グレンは早速、懐中時計を胸ポケットにしまった。  グレンについては、その血筋から性格、経歴まで十分把握している。  彼はオルティガの母方の従兄弟で、彼より一歳年上の二十六歳だ。幼い頃に両親と死別したため、それ以降はグロスタール家に引き取られて養育されている。  この懐中時計も、亡くなった両親が残してくれた唯一の形見だ。「悪徳の栄光」の中では、グレンを象徴するアイテムとなっている。  そんな感じで幼少期からオルティガとともに育てられたグレンだったが、彼自身は「自分は本家の人間ではない」と強く意識しているようだった。  グロスタール家で養育してもらった恩や、仲良くしてくれたオルティガへの想いを返すために「側近」として働いているものの、立場を明確にするためにあえて「グロスタール」の姓は名乗らないようにしているらしい。  ただ、そういった線引きをハッキリするキャラだったので、「悪徳の栄光」本編では頭が硬く、融通が利かない面が多々見受けられた。「自分は側近」という立場にこだわるあまり、明らかに罠だとわかるような場面でも、何もせずに傍観していることが多かった。  でも、今日からは違う。 (転生したからにはそんなヘマはしない。今度こそ絶対に、オルティガを救ってみせる……!)  側近ごときが出すぎた真似をしてはいけないって? それがどうした? そんな呑気なことを言っているから、オルティガはマルクの姦計に乗せられて処刑されてしまうんじゃないか。  止めようと思えばいくらでも止められたのに、それをしないのはただの怠慢・無能だ。立場の違いなんて関係ない。オルティガの死亡フラグは、俺が全部へし折ってみせる。  心に固く誓い、グレンはまず小説の内容をざっくり紙に書き出すことにした。

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