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第4話

 オルティガが登場、処刑されるまでの流れを記しておけば、どこでフラグが立つかも一目瞭然だ。  幸い、二次小説を書く都合で原作の第三巻は擦り切れるくらい読み込んである。なので、内容は全てインプット済みだ。 (オルティガは、ミーアとの姦通罪で逮捕されるんだよな……。ということは、間違ってもミーアと二人きりにしてはいけないってことだ)  ちなみにミーアとは、パレス王国・国王ジョセフの四番目の妃である。  まだ十七歳の乙女で、国王としてベテランのジョセフとは親子ほどの歳の差があった。  というのもミーアは、名門貴族にとって「都合のいい神輿」として選ばれたので、王妃としてはお飾りだと言ってもよい。政治に余計な口出しをせず、目立ったトラブルを起こさなければ他はどうでもいい……くらいの適当な扱いだった。  ただ、彼女は美形に目がなく、気に入った男性を全部自分の庇護下に置きたがるという困った性癖があった。  しかもその時だけは王妃という立場を存分に使ってきて、半ば強制的に男性を「ロータス離宮(自分専用の離れ)」に連れ込んでいるからタチが悪い。今や彼女のロータス離宮は、さながら逆ハーレム状態になっているそうだ。  そんなミーアが次に狙っているのがオルティガ・グロスタールであり、様々な手でアプローチしてきている状況である。  そこをマルクにつけ込まれる羽目になるのだ。 (原作では、ミーアからオルティガ宛に直筆の手紙が届くんだっけ。確か内容は、お茶会のお誘いだったか……)  王妃様のお誘いでは断れないからと、仕方なくお茶会に参加したオルティガ。  そしてその場の勢いでロータス離宮に誘い込まれ、ミーアの個室で二人きりになってしまうのだ。  実際はやましいことなど何もなく、ただお茶を飲みながら談笑していただけだったのだが、後日オルティガの鞄からミーアの首飾り――ダイヤのついた特別なものが見つかり、不倫の決定的な証拠となって逮捕されてしまうのである。  もちろんこれもマルクが仕組んだもので、オルティガの目を盗んでこっそり首飾りを忍び込ませたに過ぎないのだが……。 (まったく……完全な冤罪だっていうのに、ロクに調べもしないんだもんな。それでいきなり処刑だなんて、どうかしている……)  内容を書き出しながら、グレンは軽く溜息をついた。  この「いきなり逮捕、処刑」の流れになっているのも、マルクが裏で糸を引いているからに他ならない。  現在マルクは国王ジョセフに重用されており、国王の政策に対しあれこれと意見をできる立ち位置にいた。  事実マルクは口も頭も回るし、見た目はいかにも陽キャなイケメン青年なので、騙されている人は多いだろう。そこはさすがに「悪徳の栄光」の主人公というか、単純な敵キャラクターとはわけが違う。  だからこそ、マルクにだけは細心の注意を払わなければならないのだ。  マルク・アンドラスはオルティガを追い落とした張本人。オルティガはマルクのことを友人だと思っているかもしれないけど、彼の頭にあるのはどうやってこちらを貶めるかという策略だけである。  そうである以上、こちらはこちらでしっかり先回りして、マルクの罠を回避するよう行動していかなければならない。そうでないと、オルティガは救えない。 (……さて、こんなものか)  一通り原作三巻の最初から最後までの流れを書き連ね、グレンは全体のストーリーをザッと眺めた。  とりあえずフラグになりそうな箇所にチェックマークをつけ、その紙を丁寧に折り畳んで懐中時計と一緒にポケットに入れておく。  気をつける箇所は他にもたくさんあるが、「これだけは絶対にダメ!」というイベントさえ回避してしまえば、最悪の結果は免れるはずだ。 (よし……あとは俺が頑張るだけだ。もう、原作のグレンみたいな無能な振る舞いは絶対にしないからな……!)  必ずオルティガを救う。彼を生存させてみせる。  改めて決意を固め、グレンは個室から出て仕事に復帰した。  オルティガには「今日は休んでていいって言っただろ」と心配されたが、「ずっと部屋にいても手持ち無沙汰なので」と言い訳し、彼の仕事(主に書類整理)を手伝うことになった。      3  転生して二週間が経過した、ある日のこと。 「明日は定期報告の日だから、留守番よろしくな」  と、オルティガがそんなことを言い出した。執務室で決算書にサインを入れていた時のことだ。  いきなり留守番と言われ、グレンは怪訝な顔で聞き返した。 「定期報告……ということは、オルティガ様は王宮に行くんですか?」 「ああ。領地に関する報告をサボるわけにはいかないからな。ちなみに、報告書はちゃんとまとめたから心配無用だぞ。お前に言われなくても、これくらいの書類作成はできるんだ」 「はあ」  曖昧に返事をしつつ、グレンは頭を捻った。 (……原作にそんなシーンあったか? 王宮に行くってことは、マルクに遭遇する可能性があるってことだよな……?)  だとしたら油断できない。なんのフラグになるかわからないし、オルティガ一人で行かせるのは危険だ。  そんなことを考えていたら、オルティガはさらに言った。 「それと、決算書はここにまとめておいた。急ぎじゃないけど、できれば他の仕事も進めておいてくれると助かる。なので明日は……」 「いや、すみません。心配なので明日は俺も一緒について行きます」 「……えっ?」  案の定、オルティガは目を丸くした。まさかグレンから同行の申し出を受けるとは思っていなかったようだ。 「め、珍しいな……。いつもなら素直に『いってらっしゃいませ』って送り出してくれるのに。どういう風の吹き回しなんだ?」 「どうって……」 「やっぱり仕事に不満があるのか? だったら決算書も後回しでいいよ。なんなら明日は休みにしていいから、たまには気晴らしでも……」 「違います。不満があるわけじゃないです」 「じゃあ何なんだ? 今まで一度も俺に同行したことなかったのに、急にどうしたんだよ?」 「それは……」  転生前の日本で、あなたの運命を見てきたから……とはさすがに言えない。  仕方なくグレンは、この場で一番納得できそうな理由をでっち上げた。 「俺はオルティガ様の側近ですから。オルティガ様の側を離れるわけにはいきません」 「? そうか? 別にそこまでこだわらなくてもいいんだが……」 「いえ、片時も離れずにオルティガ様をお支えする……それが俺の使命です。どうか同行をお許しください」  真剣な目で見つめ返す。  仮にここで同行を断られたとしても、こっそりついて行ってオルティガを見張るつもりだった。  原作のグレンだったらそんなこと絶対にしないだろうけど、これくらい型破りな行動をしなければオルティガは救えないのだ。  するとオルティガは、根負けしたように苦笑した。 「わかったよ。そこまで言うならついてきてくれ。お前が一緒なら、陛下の唐突な質問にも上手く答えられそうだ」 「あ……ありがとうございます!」 「じゃあ、王宮に行く準備をしておいてくれるか? 馬車は四人乗りの大きいヤツを使うから、それ用の馬も選んでおいてくれ」 「はい」  無事承諾をもらえたので、グレンは心の中でガッツポーズをして厩に向かった。  そして大型の馬車を引いて走れるような、持久力のある馬を二頭選んだ。

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