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血塗られた約束 3

……見惚れてしまった。 オレの部屋で、見ず知らずの男の人が漆黒の翼を広げているその姿に、心の全てが奪われていく。 淡いブラウンのふわりとした髪に隠れた、アンバー色の瞳と視線がぶつかって。どこかの貴族様のような装いに、やっぱり目を惹く大きな羽は、オレをすっぽりと隠せてしまいそうなほどだ。 時が止まったような感覚に捕らわれ、驚きと戸惑いで尻もちをついているオレは、なんとも不恰好で。そんなオレを見てクスッと笑った男の人は、ゆっくりとオレに近づき、そして。 「……うわっ!?」 ふわっと一瞬、身体が軽くなったかと思うと、オレは謎の男性に抱えられていた。 「静かに、大人しくしていろ」 「いや、あのっ、そう言われましても……ッ、ん?」 ピタリとオレの唇に触れた、細くて綺麗な人差し指は彼のもの。それと、もう一つ……オレの耳に、彼の唇が触れていく。 「聞こえなかったか?大人しくしていろと言ったはずだ、同じことを二度も言わせるな」 耳元で囁かれる声に、身体がピクっと反応してしまうけれど。シングルサイズのベッドに腰掛け、オレは誰かも分からぬ相手に背中を預けている状態で。彼の左腕で身体を支えられ、右手で唇の動きを封じられている。 何が起きているのかよく分からないけれど、オレはこの場で、静かに、大人しくしなければならないことだけは理解できたから。 オレはぎゅっと目を瞑り、下唇を噛んで声が漏れないようにした。 「いい子だ」 そんなオレの態度に気を良くしてくれたのか、謎の誰かさんの声色がとても優しくなって。よく分からない緊張が、ふっと和らいでいく感じがしたのに。 「先程は、お前のおかげで助かった……が、もう少しだけ付き合ってもらうぞ。そのまま動かず、じっとしておけ……悪いようにはしねぇーから」 「ッ!?」 ……ウソ、噛まれ、てる。 首筋に突き刺さる牙の感覚も、そこに触れる唇の柔らかさも。他人に身体を噛まれることなんて、人生で一度もなかったのに。 「ん、ぁ…はっ」 この人は、きっとヴァンパイアなんだ。 直感的にそう思ったときには既に遅くて、見惚れている場合じゃなかったんだと気がついても、それはもう後の祭りなのだけれど。 でも、どうして男のオレが雄の吸血鬼に噛まれているんだろうか。 なんで、こんなことになっているんだろう。 さっぱり意味が分からないのに、抵抗しないといけないのに、身体に力が入らない。噛まれた一瞬の痛みより、痺れるような、疼くような感覚がオレのナカを這い回る。 ……身体、熱い。 熱くて、このまま溶けてしまいそうだから。 「ァ…はぁ、オレ…っ、死んじゃ…う、の?」 朦朧としてきた意識の中で、オレはそう尋ねていた。勝手に息が上がってしまうし、確実に血を奪われているはずなのに、何かを注がれているような感覚に逆らうことができない。 「安心しろ、お前を殺しはしない。ただ、快楽に溺れるだけだ……俺を求めて、な」 「ふぁッ、んぅ…ならば、おやめ…にっ」   「……それはまだ、聞いてやれそうにないよ」 囁かれる声に、ドクンドクンと身体が疼いていく。 「んぁ…はッ、お(ゆる)、しをっ」 「なぜ(ゆる)しを()う?お前はなに一つ、悪いコトなどしていないというのに……俺を救った、物好きな人間などと出逢ったのはお前が初めてだ」

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