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血塗られた約束 4

どうしてオレは、抵抗しなかったのだろう。 こうなる前に、得体の知れないこの人に……いや、ヴァンパイアに(あらが)うことはできたはずなのに。 「ンッ、ん…っ」 熱に浮かされた身体を吸血鬼の片腕に支えられ、オレの両手はソレをぎゅっと掴んでしまう。 「こうもイイ反応をされると欲が出るが、そろそろ限界だ。お前には、恩がある……(しま)いにしてやるから、俺のことは他言無用だ、いいな?」 囁かれた言葉にこくこくと頷くと、オレの首筋からゆっくりと牙が抜けていった。けれど、それでも消えることのない熱が苦しくて。 「はぁっ、はぁ…貴方は一体……誰、なのですか?」 荒くなってしまった呼吸を整えつつ、ドキドキする心を隠しながら、オレはとても小声で吸血鬼に話し掛けてみる。 「知りたいのなら、お前の(あるじ)を俺にすると今此処で誓いを立てろ。さすれば、今夜にでもお前に話してやる」 つい数秒前までオレを抱いていた彼の身体、それが今はオレの向かいにやってきて驚いてしまうけれど。 微笑んだ口元からチラリと覗く鋭い牙、唇に残った赤い血はきっとオレのもので。訊きたいことが山ほどあるのに言葉が出てこないオレは、ふるふると首を横に振った。 ……オレの(しゅ)は、神。 こんな得体の知れないケダモノを(あるじ)として仕え生きるなんて、神への冒涜(ぼうとく)だ。見習いの身ではあるけれど、修道士としての誓願を志すオレにとって神はすべてだから。 頭も、身体も。 オレの意思とは関係なく、目の前の獣を求めて手を伸ばそうと足掻いているけれど。オレのこの心まで、彼に溺れることのないように……オレは必死で、涙を流し唇を噛む。 「そうか……なら致し方ないが、この町の民はそのうち滅び絶えるだろう。このような小さな町を消し去ることなど、容易い」 オレから視線を逸らし、そう洩らした吸血鬼は髪を掻き上げニヤリと笑う。 「待ってッ、待ってください……そのようなこと、おやめください。オレ、オレが誓いを立てますから……どうか、どうかこの町にご加護を」 こんなにも温かで穏やかな町が、この町の民が滅びてしまうなんて絶対に嫌だ。この町が平和であるならば、オレが(けが)れて済むのなら、オレは……オレは、どうなっても構わないから。 ……神の報いは、甘んじて受けよう。 だから、神様。 オレに罪を、罰を、お与えてください。 ベッドの上で跪き、ロザリオがついた腰巻をオレは震える手で外していく。流れる涙は止まらないまま、胸の前で両手を握り締めたオレは、これからオレが順ずる相手を見上げ問い掛ける。 「貴方様がオレの(あるじ)になられるお方なのでしたら、お名前だけでも今、お教え願えませんか?」 「……ユシィ・ハーヴィーだ、ユシィでいい」 オレの涙をとても優しい手付きで拭い、名を呟いたヴァンパイア。その瞳に映るのは、頬を濡らして跪くオレの姿だった。 「ユシィ様……セオは今この時をもち、貴方様に忠誠を誓願いたします」 ベッドの下に放り投げられたロザリオ、カーテンがないこの部屋には登った朝日が降り注ぐ。 「上出来だ……セオ、この続きは夜に」 「んっ…」 ふわりと、一瞬。 互いの唇が重なり、微かに血の匂いを残して。約束を交わしたオレの前からユシィ様が姿を消した瞬間、オレの意識は途絶えてしまったんだ。

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