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血塗られた約束 5

「……セオ、セオっ!」 遠くの方で、リヒカ様の声がする。 オレの身体がゆらゆらと揺れ、頭がすごく重く感じる。 「どうか目を開けて、意識をしっかり」 「リヒ、カ……さ、ま?」 閉じていた瞼をぼんやりと開き、目の前に飛び込んできたリヒカ様のお顔を確認して。掠れた声で名前を呼んだオレの額に、リヒカ様の手が重なった。 「良かった、やっと意識が戻ったのね……一日眠り続けていたから、このまま息絶えてしまうのではないかと不安で心配で……」 「すごい……悪夢、見てて……それ、で」 ガンガンとする頭の痛みと怠さ、吐く息が熱いことは自分でも分かるけれど。意識が途絶える前の出来事が悪夢のように思えたオレは、途切れ途切れにそう伝えた。 「朝食が終わる時間になっても顔を見せないから部屋まで来てみたら、ロザリオは床に落ちているし、貴方は高熱で(うな)されているしで……本当に、心配したの」 「…ッ、リヒ、カ様…申し訳、ございません」 「泣かないで、大丈夫。余程怖い夢だったのね、罪に思う必要はないわ。今日はもうゆっくり休みましょう、お水飲めるかしら?」 リヒカ様のお言葉が、痛い。 冷めない熱はケダモノに(けが)された証、床に落ちたロザリオはオレがその獣に自ら誓いを立てた残骸……夢なんかじゃない、ユシィ様との出逢いは現実だ。 けれど。 この場所で起こった悲劇を、オレはリヒカ様に話すことができない。ヴァンパイアと出逢ってしまったなんて、身体から熱が消えないのは彼のせいだなんて……(あるじ)への裏切りは、告げ口は許されないんだ。 こんなことなら、あのまま殺されておけば良かったのかもしれない。この町を救うつもりで深く考える暇もなくオレは身を売ったけれど、お優しいリヒカ様のお顔を見てしまうと、心が張り裂けそうになってしまう。 「ぅ、う…っ」 「あらあら、そんなに泣いたら枯れてしまうわ。可愛いお顔が台無しになっちゃう、落ち着くまで側にいてあげましょうね」 「リ、ひか…さぁ、ま」 拭っても拭っても、ポロポロと溢れ出す涙が止まらない。重い身体をリヒカ様に支えてもらい、背中を撫でてもらって。リヒカ様に抱き着き、小さな子供みたいにしゃくりあげて泣くオレは悪い子だ。 オレは、闇の住人の手を取ってしまったから。 でも。 こうして罪の意識と向き合い続けることで、この町の人々が平和に暮らせるのなら……オレが犠牲になることで、リヒカ様の命が救われるのならきっと、これがオレの召命なのだと信じようと思った。 ゆっくりと呼吸を整え、少量の水を乾いた身体に流し込んでいく。その間も、リヒカ様はオレの側を離れずにいてくれたことが嬉しかった。 これから、オレはどうなってしまうのか……不明なことばかりで、心細く感じてしまうけれど。 「リヒカ様……オレは、セオは、今までの御恩を一生忘れません……ルーグス様にも、とても感謝しております」 伝えられるうちに、オレの偽りない想いを伝えておきたい。そんな心の内を隠しつつ、熱に(むしば)まれたままオレはリヒカ様に微笑んだ。 「私はセオを愛していますよ、(しゅ)も貴方を決して見捨てたりしないわ」 小さな窓から溢れていたはずの日の光、それが今は届いていない。その代わり夜空に浮かぶ月と星の明かりが、ランプとともにオレの部屋を照らしていた。

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