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血塗られた約束 8

【ユシィside】 「……一体どんなことがあったら、この(やしき)に公爵様の貴方が生きたニンゲンを抱えて帰ってくることがあるのかしら?」 媚薬の熱に浮かされ、意識を失ったセオを抱えて。(やしき)に戻った俺を出迎えたのは、使用人のアランだ。 先代の執事として仕えた有能な同種の男だが、独特の言葉使いに加えて煩いのが玉に(きず)……俺の生誕から全てを知り尽くしているアランの見た目は女のように美しいが、その年齢は不詳だ。 「説明すんの、すげぇー面倒くせぇーんだけど……とりあえず、手当てしてやって。人間がやたらと(もろ)い生き物だってこと、忘れてた」 小さく小さく息をしているセオを俺の寝室へと運び、その身体を横たわらせて汗ばむ額に口付ける。 「まったく……その様子だと、貴方のお眼鏡に敵う餌をようやく見つけ出したようね……けど、まだ貞操(ていそう)は守らせたままなの?至高のお味に、その場で喰い尽くすのが惜しくなってお持ち帰りしたのかしら?」 純白のワンピースに色付く血痕、香る匂いは甘く蕩ける極上品。普段は餌を欲しないアランが思わず生唾を飲むほど、やはりセオは格別だ。 「コイツは、もう俺のモノだ……経緯を話してやる代わりに、治療を急げ。丁重に扱えよ、傷つけたらお前だろうと許しはしない」 「ユシィ、急に公爵様スイッチ入れないでくれる?調子狂うわ……って、ちょっとッ……この子、男の子じゃないのっ!!」 看護のため、セオの服に手を掛けたアランは俺とセオを交互に見て慌て出す。そんなアランの態度に溜め息を吐き、俺はベッドサイドの椅子に凭れて脚を組み笑う。 「バカか、誰もセオが女だとは言ってねぇーだろ。今更お前が驚くな、禁忌を侵したのは俺よりテメェが先だろーがよ」 アランが侵した禁忌は、二つ。 同性の野郎と交わったコト、餌として喰い殺すはずの人間を愛したコト……この二つの禁忌は、俺と先代しか知り得ないアランの過去。 吸血鬼の俺たちにとって、(しゅ)を守ることは容易ではない。日光に当たればすぐに皮膚が()(ただ)れるし、下手をすれば灰になる。 捕食のために人間と性交することもあるが、その人間が(あが)める神の前……信仰心が強い教会で心臓部に銀の(くい)を打たれてしまえば、吸血鬼は呆気なく生き絶える。 俺たちは、魔の領域の怪物だ。 永遠の生を求め、人間の生き血を食す、神に背いた存在。膨大な魔力で、獣を使役し、様々な物を操れる強者とされ、人間からすれば闇に紛れて現れる悪魔の獣だが……俺たち吸血鬼にも、それなりに掟があるのだ。 (しゅ)の存続のため、他種族の血が混ざることを恐れて。古くからの書に記されている禁忌がいくつか存在するが、この現世でソレをきちんと(りっ)する者は少ない。 今じゃ、禁忌と呼べるほどの効力を持たない掟だ。吸血鬼と人間のハーフ、ダンピールも僅かではあるが存在するし、異性のみならず同性を好んで食すヤツもいる。 ……まぁ、だからこそ、純血の俺が禁忌を侵すのは大問題なんだろうけれど。 「貴方と私とじゃ身分が違うのよ、公爵の貴方がニンゲンを、しかもこんな幼気(いたいけ)な男の子を、所有(もの)にするなんて……とりあえず、できる範囲で処置はするから、なにがあったのか話してごらんなさい」

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