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血塗られた約束 9

人間の生態をよく理解してるアランは、見るからに弱ったセオを看病しているが。 ……さて、どこから話せばよいのやら。 「お前に頼まれてた件で、地方を夜な夜な飛び回ってたら魔力が枯渇した。それが日の出のタイミングと重なったから、コイツの部屋の窓で蝙蝠(こうもり)(なり)して休んでたんだ」 「50年間も吸血せず、ブラッディチェリーだけで過ごしていたら魔力も尽きるわよ。あの果実は私たちが空腹にならないだけで、魔力の回復までには時間を要するから」 禁忌を侵した、アランの頼み。 それは、俺たち吸血鬼が人を襲わずに生き永らえるよう、アランが育てているブラッディチェリーの持続確認と土壌調査だ。 果実一つで、何処まで飛んでいけるのか……この(やしき)以外の土地でも、ブラッディチェリーが育つ条件を満たせる土があるのか、否か。 アランの想い人が眠る墓地、そこに落ちた恋人の涙を養分として成長した禁断の果実……それが、ブラッディチェリー。この果実の存在を知る吸血鬼は、今のところ爵位ある者のみ。 だが、今後この果実が広まれば人間との共存が望めるのではないかと……そんなアランの淡い期待を踏まえて依頼された土壌調査中に訪れた小さな田舎町で、俺はセオに拾われた。 「けど、まぁ……そのおかげで、こんなに無垢なヤツと出逢えたんだからいいだろ。闇の住人の使役、特に蝙蝠(こうもり)は忌み嫌われてんのに……セオは、何の躊躇いもなく俺を招き入れた」 「それは、確かにかなり珍しい子ね……しかもこれだけ香り高い(しずく)に、血色(ちいろ)が映える白い肌をしているなんて……瀕している状態でよく我慢が利いたわ、公爵様」 「下流の雑魚と一緒にしてくれるなよ、アラン。セオが溢す(しずく)は、本当にどれも上品で美味いが……純粋無垢な果実が熟れて自らの意思で俺に堕ちるまで、貞操(ていそう)を奪うつもりはないさ」 俺の話を聞きつつも手を休めることのないアランは、いくつもの薬草を煎じ、それを少量ずつセオの唇に落としていく。 「それは、ご立派ですコト……よし、これで発熱は治るはずよ。だけどね、ユシィ……貴方ひょっとしたら、とんでもない賜物(たまもの)を手に入れたかもしれないわ」 「どういうことだ」 「この子が、特別な力を持つ子かもしれないってこと……ただ、ここまで媚薬の効きが良過ぎると、解毒薬を用いてもナカの疼きは引かないままかもしれないわね、可哀想に」 「そんなに注いだつもりねぇーし、魔力維持のために一回抜いてやっただけで俺なんもしてねぇーんだけど」 「素の感度が高ければ、媚薬は毒よ……生かすつもりがあるのなら、これから吸血はなるべく控えてあげて。そうでないと、この子はすぐに力尽きて死んでしまうから」 人間という生き物は、とてつもなく(もろ)い。 その寿命はあまりに短く、耐久力もない。その弱さ故に神に縋る、滑稽で憐れな獲物。 だが、しかし。 吸血鬼は心ない(しゅ)だと、人間とは決して相容れない恐ろしい獣だと……一体、誰が定めたのだろう。 こんなにも心ある吸血鬼(  ヤツ )が、俺の目の前に存在しているというのに。 「確認したいことがいくつかあるから、この子の体調が落ち着いたら三人でゆっくり話しましょう……そんな顔しないで、誰も貴方の所有物( もの)を取って喰いはしないわ」

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