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血塗られた約束 10

使用人のアランですら滅多に立ち入れない俺の寝室に、まだ少し苦しそうなセオの息遣いだけが静かに響いていく。 セオがいつ目覚めてもいいようにと、アランは食事の用意をしに部屋から出て行ったが……アランの呟きを気にしつつ、俺は過ぎる時間を持て余している。 俺は、もう何年生きているのだろう。 吸血鬼は、ほぼ不老不死のようなもの……多少の老いはあるが、何年経っても成人初期からの見た目が変わることはない。 生誕から200年までは過ぎた時を数えていた気がするけれど、いつからか、それもくだらなく感じてやめてしまった。 喉の渇きを潤すため、数多くの生き血を啜ってきたものの。どれも似たり寄ったりの味と、すぐに快楽堕ちして乱れ死ぬ人間の姿に段々と面白味を感じなくなってからどれだけの時が経つのだろうか。 アランの勝手で、俺は公爵として先代の跡を継いだが。吸血鬼としての暮らしは膨大な土地と魔力があればどうとでもなるため、俺の暮らしは基本的に余暇で構成されている。 それでも。 アランがブラッディチェリーの効果に気づき、様々な研究に取り組むようになってから、少しずつ退屈な時間は減ってきているように思うのだが……ここ最近の食事はブラッディチェリーで事足りるようになり、人間の吸血は控えていたのに。 俺だけが眠る場で息をするセオは、涙までもが甘く、至高の味がした。 そして。 その美味さと、(けが)れなき心に()せられたのは俺の方なのだろう。人間から与えられる温もりが、あんなにも優しく癒されるものだとは知らなかった。 悪魔の使者だと、恐れ嫌われることに慣れ切っていた俺に、慈悲の心を教えてくれたコイツ。それを手放すのが惜しく思えて、俺の立場を最大限利用し無理矢理にでも繋ぎ止めた結果、セオは今、俺の寝床にいる。 けれど。 セオの流した涙の粒だけで、本来の姿まで戻ることができたのは不思議だ。普通の人間なら、快楽に堕とした後の血を啜って(ようや)く俺たちの魔力が回復するというのに。 小さな蝙蝠(こうもり)(なり)だったことも関係しているのだろうが、それにしても回復が早過ぎる。 ここに連れ去れることを目論見、邪魔が入らぬよう結界を張り、セオを吸血して一度は快楽の渦に引き摺り込んだけれど。その時にチラリと見えた臍の下にあったアザは、一体なんなのだろう。 アランが残した、特別な力を持つ子の意味と、セオのアザは何か関係があるのだろうか。 正直、考えてもキリがないが。 他にも、不可解な点はいくつかある。 あの教会……俺が言える義理ではないけれど、おそらく神の戒めに背いた不正者が納めているはずだ。良い意味で、なんの変哲もない町なのに、あの教会だけは罪の意識と懺悔の念が蠢いていた。 だがしかし、セオはあの町を愛し、民を愛しているのだろう。神に捧げる身を、その心までをも……セオは、あの一瞬で、全てを俺に投げ売ったのだから。 町を、人々を、吸血鬼から守るために。 悪の手に染まらぬように、俺に忠誠を誓った健気な人間。恐怖で震える両手を必死で握り締め、目尻に涙を溜めながら上目遣いで俺を見つめていたセオ。 闇の中でも黒く輝くヘマタイトのような色合いの瞳の奥で、滲む決意は真っ赤に染まったように思えた。

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