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血塗られた約束 11

漆黒の瞳が、再び現れる時。 セオは何を考え、何を思うのだろう。 吸血された恐怖で、涙するのだろうか。 俺の身勝手さに怯えて、震えるのだろうか。 悪の住人の手を取ったセオは、一体どう立ち向かってくるのだろう。 愛するもののために俺に誓願したコイツの心内はきっと、今はまだ悲しみに暮れているに違いない。あんな戯言(ざれごと)ひとつで、心の重さを知らない俺が、悪に染まった吸血鬼が、あの町を(めっ)せず立ち去ると信じてしまうセオ。 それでも。 媚薬の熱に耐え切れず、涙を溢しながら小さく喘いで身を捩っている姿は愛らしかった。自我を保とうと必死で、快楽に抗おうとし洩れ出る言葉は、そのどれもが甘い(いざな)いだったように思う。 修道士らしい清らかなカラダと、心。 古くから、(けが)れなき処女の血は格別だと……それ故に、シスターは吸血鬼から好まれることが多く、リスクを冒してでもその味を堪能したいと雑魚どもが群がりその殆どが生き絶える。 「……セオ」 サイドの椅子からベッドへと移動し、艶やかなセオの髪を撫でて。名を呼んで、温かく思うこの感覚はなんなのだろう。早く目を覚ましてほしいような、ゆっくり休んでいてほしいような……淡い感情の正体を、俺はまだ知らないから。 ベッドの縁に腰掛け、柔らかな寝息を立てているセオを俺がぼんやり眺めていると。灰色の煙に紛れ、使役のトップである銀狼が俺の前に姿を見せた。 「アル、どーした?」 《失礼いたします、ユシィ様。寝室まで足を運ぶつもりはなかったのですが、一つだけ早急にお伝えしたいことがございまして》 俺も、そしてアランも。 俺の使い魔の中で最も信頼している狼の名は、アルカイド。親しみを込めてアルと呼んでやる度、その嬉しさが尾に出てしまう可愛いヤツだ。 アルの他にも、俺には七種の使い魔が存在する。狼、蝙蝠(こうもり)(からす)、猫、蜘蛛、山羊、そして蛇……皆、従順で良い働きをしてくれるヤツらではあるのだが。 ふりふりと、左右にゆったり揺れる尻尾。 魔力を持つ獣の言葉は、俺の意識の中に流れ込んでくる。 「お前なら平気さ、アル……それより、急用とはなんだ?」 俺にだけ懐いた銀狼のアルは、きちんとシットし、要件を伝えてくれる。 《セオ様居住地の教会ですが、ユシィ様のお言葉通り、やはり女性の匂いはどこにもありませんでした……あの聖女、おそらくは男性かと》 それは、俺が朝日に焼ける前。 セオにキスをし、姿を(くら)ませワードローブの中で英気を養っていた時のこと。何度もセオを看病しにやってきていた聖女の姿が気に掛かり、俺はアルに教会の見張り番を依頼していた。 《私に代わり、現在は(からす)のフェクダが教会の動きを見張っておりますゆえ、何かあればすぐにフェクダが飛んで参ります》 「(なり)だけ整えても、匂いは消せぬか……ご苦労だったな、アル。お前はそのままここにいろ、セオはまだ起きそうにねぇーから俺に付き合え」 《それでは、お言葉に甘えて……》 俺の脚元でライダウンし、服従姿勢で利口にしているアルの耳後ろを撫でてやる。気持ち良さそうに目を細めるアルの姿が愛くるしく、俺もつられて微笑んでしまった。

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