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血塗られた約束 21

公爵様には絶対に見えない、見窄らしい服装に着替えさせられたユシィ様のご機嫌は、思いの外悪くない。そんなユシィ様の腕に抱えられ、オレは教会へ帰るために……空を、空を飛んで、いる。 「セオ、怖いなら下見なきゃいいだろ?」 クスクスと笑いながら、ユシィ様は漆黒の翼を広げて優雅に空に浮かんでいる。オレはというと、お姫様のように抱えられて……あまりの怖さでユシィ様の首に両腕を回し、しがみついているのが精一杯なんだ。 足はすくむし、心臓は飛び出そうだし、生身の身体で命綱もなしに空に浮かぶなんてどうかしているのに。根本的に、身体の造りが人間と違うヴァイパイアに何を言っても無駄なんだろうけれど。 「怖い、けど……町、綺麗……だから」 怖いもの見たさで恐る恐る下を見ると、夜明け前の静けさの中で眠る町が映る。その景色に見惚れても、一瞬にしてまた恐怖心がやってきては、ユシィ様にしがみついての繰り返し。 「上から見ると世界が違うだろ、俺もこの田舎町の景色は嫌いじゃない。人工的な光が消えずに眠らない街より、きちんと闇に包まれる町の方が落ち着く」 「ユシィ様は、やっぱり夜がお好きなのですか?」 「んー?好きって感情が、俺にはよく分かんねぇーんだけど。とりあえず、落ち着くことは確かだ……ってかセオ、町に降りたら呼び方気をつけろよ」 服装が違うからか、それとも少しだけオレに心を開いてくれたからか。ユシィ様の言葉が砕けた感じで、オレはそれがとても嬉しく思うのに。 ……早速、オレは注意を受けてしまった。 身体が宙に浮いているこんな状態で、心もふわふわと浮いたり沈んだりしているから。 アラン様から、ユシィ様が孤児の時は呼び方を変えるように言われたことをオレはすっかり忘れていたんだ。 「えっと……プラウ君、ですよね?」 「そう、それ」 随分と素気ない返事だけれど、そこがユシィ様らしいなと感じてしまうのはオレだけなんだろうか。まだ一日くらいしか知らない相手なのに、どうしてユシィ様はこんなにもオレの心に浸透してしまうんだろう。 「ユシィ様のミドルネームがプラウだって、アラン様が仰ってましたけど……ユシィ様、オレにミドルネーム隠してましたか?」 オレが名をお伺いしたとき、ユシィ様はミドルネームを省略していた気がするから。そのことが気になって尋ねてみると、ユシィ様は面倒くさそうに口を開いた。 「いや、普段人間に名乗ることなんてねぇーから言わなかっただけ。通常ミドルネームって使用しねぇーし、俺もアランもファーストネーム以外で呼ばない」 バカ公爵とバカ執事は、別の呼び名ではないのだろうか……なんて、オレは口にできそうにないけれど。 リヒカ様とルーグス様に、ユシィ様が孤児だと思い込んでもらうにはちょうど良い名だからと。アラン様がルンルンしながら、ユシィ様の服を変え、そうして名を変えるように指示をしたんだ。 「オレ、ファーストネーム以外知らないから、ファミリーネームもミドルネームも、なんだか羨ましく思えちゃいます。欲張っちゃダメだって、頭では分かっているのですけどね」 偽装でもなんでもなく、本当に孤児なオレにはファーストネームがあるだけでも、贅沢なことなのかもしれない。

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