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血塗られた約束 22
【ユシィside】
吸血鬼は、プライドが高く見栄張りだ。
多くのヤツらが高貴でいることを望むため、知らぬ間に俺たちの名はファーストネームだの、なんだのかんだのと、次第に増えていったらしいが。
ミドルネームはともかく、ファミリーネームすら分からないと語ったセオは寂しげで。
「名など一つあれば充分だ、セオ」
そう告げた俺に、セオはふわりと穏やかな笑顔を見せた。
「ありがとうございます、ユシィ様」
空に浮かぶことをあれだけ怖がっていたのに、今はそんな素振りを感じさせないくらい幸せそうに微笑むセオは、一体何を考えているのだろう。
長いこと生きている自覚はあるが、こんなにも興味を惹かれる人間と出逢ったのは初めてだ。こうして腕に抱き、空を飛んでいることも……思い返してみれば、初めてのこと。
秘密厳守で、ブラッディチェリーの栽培を依頼しようとは思っていた。セオなら引き受けてくれるのではないかと、頭のどこか片隅に淡い期待があったのは事実だが。
……まさか。
セオの方から俺に、あんな申し出をするとは思っていなかった。
予想外の言葉に呆気に取られた俺とは違い、アランは空かさずセオの気持ちを受け取って。勝手に話を進め、俺がセオと共に生活できるようにアランは悪知恵を働かせた。
性悪なのは、俺よりアランの方だ。
相手の現状を知りもしないで、吸血鬼を教会へ送り込むなんてどうかしている。
「ブラッディチェリーの苗木は、アラン様が運んでくださるのですよね?栄養剤とかも一緒に、持ってきてくださるそうです」
俺が灰にならない程度に、セオから魔力の補充は許可されたけれども。セオの体力が保つようにと、今後はアランが数日置きに俺たちの様子を見物に来るらしい。
「とりあえず、本日の分はもうお屋敷でいただいてきましたので、今日は夜まで寝なくてもへっちゃらです」
なんて。
そう言っていたセオは、目的地の教会に辿り着く前に俺の腕の中で眠ってしまった。
結局、邸 で話せたことは俺たちのことばかりだったからか、セオ自身の話を聴いてやれる時間もなく夜明けを迎えそうで。
セオが再び瞼を開けたとき、俺はセオを抱え教会の裏の森に降り立っていた。その後、真っ白なワンピースに身を包んだセオに手を引かれ、セオより僅かに小さな身体になった俺は教会の前に立つ。
……やはり、この教会は黒い渦が巻いている。
クリスマスのアドベンド期間が始まり、祭日に入っている教会。普段から清らかな場ではあるが、式典となると更に増幅する神聖さは異常だ。本来なら吸血鬼が近づくこともできない期間に、俺がすんなりとこの教会に近づけた理由はおそらくコレだろう。
セオがこのことに気づいているのか定かではないが、魔力の消費を覚悟でこんな幼稚な姿になっているのは、単にクリスマスを愉しむためだけではない。
セオが心を許している聖女と神父が、果たして本当に聖人であるのか、否か。セオやこの町のことを見極めるには好都合な条件を満たして、俺はセオの手を握っている。
「……ユシィ様、それでは参ります」
「その呼び名は、また夜にな。今からはプラウだ、よろしく頼むぞ」
俺の言葉にこくりと頷いたセオは、ゆっくりと教会の扉を開けていった。
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