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血塗られた約束 23

小さな教会のスタンドグラスに、柔らかな朝日が降り注ぐ。十字架に(はりつけ)られたいたましい姿を模した像にも、その光が射していて俺からは溜め息が漏れた。 「……胸糞悪い」 この雰囲気だけで、胃もたれしそうだ。 人間からすれば、清々しく、心洗われる聖堂なのだろうが。俺の眉間にはぐっと皺が寄り、無意識のうちにセオの手を握る自らの手に力を込めていた。 「プラウ君、大丈夫ですか?」 俺の異変に気がついたのか、そう尋ねてきたセオは心配そうに俺を見る。言いつけを守って、名を変えたことを褒めてやりたくても、吐き気を感じるほどの気持ち悪さはどうにもならないのだが。 「……平気、大丈夫」 12歳の少年らしく、無理矢理にでも強がる必要が俺にはあるのだから仕方ない。 できることなら、(やしき)に戻りセオを抱いて寝たい。花のような甘い蜜の香りを堪能しながら、日差しを遠ざけ心地の良い眠りに就きたいけれども。 「お祈り、一緒にやってみましょう?」 俺の手を引き、祭壇前へと足を進めていくセオは悪魔だ。天使のような装いをして、悪魔のような(いざな)いをする……けれど、俺が吸血鬼だと周囲の連中にバレぬよう、セオなりの気遣いを感じ、(ようや)くこの場で小さな笑みが洩れた。 「どう、やんの?」 聞き返した俺の言葉にホッとした表情を見せたセオは、最前列のチャーチベンチに腰掛ける。俺もセオの隣に座り、見様見真似でセオが取る行動と同じことをし、右手で額から胸、胸から左肩、左肩から右肩へと十字をきり、そうして両手を合わせてみた。 セオはキュッと目を閉じて何かを呟いているが、俺にはさっぱり分からない。というよりも、横目に映るセオの姿があまりにも可愛く、俺には祈りなどどうでもよかった。 「……お祈りのお言葉は、様々あるんです。その中でもオレは、平和を求める祈りが特に好きなのです。プラウ君も、そのうちきっとこのお言葉が特別な祈りに変わる時が来ますよ」 そう言って、微笑むセオに見惚れてしまう。 祈りの言葉に意味があるとしても、俺の今までの行いを今更償ってどうにかなるものではないだろうに。 何処までも無垢なセオの祈りなら、いつか俺に似合わない平和という幸せが訪れるのだろうかと無駄に考えてしまった。 心とは、愛とは、何なのだろう。 こうしてセオと共に毎日祈りを捧げていれば、そのうち嫌でも理解できるようになるのだろうか。 そんなことを思いつつ、ぼんやりセオを見つめていると、静かな教会内に革靴の音が響いた。 「セオ……体調は、もういいのかい?」 「……はい、ルーグス様。あの、ご心配お掛けして申し訳ございませんでした」 セオが頭を下げた先に、カソックを身に纏った眼鏡姿の神父が現れたのだ。 「謝る必要はありませんよ、セオ……元気になられたのなら良かった。リヒカの祈りが、(しゅ)に届いたのですね」 ……んなワケあるかよ、インチキ神父。 そう言いたくても、言えない現状が地味に辛い。セオからルーグス様と呼ばれた神父は、セオに微笑み、そうして横にいる俺を見る。 「セオ、こちらのお方は?」 見窄らしい服装の俺を視界に入れても、怪訝な顔一つせずに神父はセオに尋ねて。セオは深呼吸した後に、ゆっくりと口を開いていった。

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