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血塗られた約束 28

こんなにも心地が良く、穏やかな気持ちを俺は知らない。俺がセオに心惹かれているからか、はたまた別の理由があるのかは分からないが。 「よしよしって、なでなでしてもらえるの……なんだか、気持ちが温かくなりませんか?」 「……ん、なるかも」 気持ち良さで思わず目を閉じた俺と、嬉しそうに笑ったセオの微かな声がする。コイツは、何故こうも癒しの空気を纏っているのだろう。神に祈るよりも、セオに触れられている方が心洗われる気がするけれど。 「ユシィ様、今日一日ずっと辛そうだったから……あの、えっと」 俺の髪に触れる手は休めず、セオは意味ありげに口籠る。魔力回復のための口付けを了承したのはセオだが、その心はまだ恥に塗れているのだろう。 セオの表情を確認するように、ゆったりと瞼を開けた俺は、髪を撫でるセオの手を取った。 「慣れない生活をすれば、誰だって初日は辛い。まぁでも、今からはお前にも慣れてもらわねばな……夜は長いぞ、セオ」 「あ、待っ……て」 小さな手の甲にキスを落とし、そのまま目線をセオに移す。すると、みるみるうちにセオの頬が赤く染まって。 「もう充分、待っただろう?」 俺がそう囁き掛けると、観念した様子のセオはキュッと目を瞑る。 緊張しています、と。 全身で語り掛けてくるセオがあまりにも可愛く、俺は唇を奪うより先に、そのカラダを抱き締めていた。 「……ユシィ、さま?」 俺の腕の中で静かに名を呼んだセオの艶やかな髪に触れ、俺はセオにされたことをやり返す。 「そんなに緊張せずとも、怖いことなどなにもないから安心しろ」 「ですがっ……」 髪を掬い、頭を撫でて。 俺は、思いを呟くセオの声を聞く。 「……快楽は、怖いのです。欲は、人を狂わせます。オレはまだ、性の喜びに素直に目を向けることができません」 なんとも、セオらしい考えだ。 真面目に修道士を志してきた16歳の幼気な人間からすれば、性衝動を交えた優しさは恐怖でしかない。 「それに、その、ユシィ様と唇を重ねると……オレ、頭がふわふわしてしまって……なんだか、おかしくなってしまうのです」 怖いと語りつつも、俺から逃げることはせずに大人しく抱かれているセオは、迷子の両手で俺のシャツを握る。 欲に溺れる己を否定しながら、俺を受け入れようと望む姿は矛盾していて酷く愛らしく、キス如きでここまで意識されてしまうと、煽られているのはむしろ俺の方で。 セオの顎に触れた指先で、視線が絡むように誘導した俺はセオの瞳を見つめて笑った。 「……セオ、可愛い」 「えっ…ん、ぁ」 触れ合うだけのキスを交わし、セオの呼吸のタイミングに合わせ徐々に深まるよう手解きをしていく。 「はぁ…ッ、ンっ」 俺のためだけでなく、セオのために心地の良い快楽へと導いてやりたい。 「ン、ん…はぁ…ァっ」 そんな馬鹿げた考えに至ったのは、セオが可愛く思えて仕方なかったからなのだろうか。 「ゆし…ぃ、さまっ…」 それとも、この(しずく)を欲していた故の衝動だったのだろうか。 その答えは、薄々自分で気づき始めているけれど。この感情が、この思いが、俗に言う愛なのかは……俺にも、そしてセオにも、まだ不確かで。 「……セオ」 名を呼んだ後に続く言葉を見つけ出せず、今の俺には、ただセオを強く抱き締めてやることしかできなかった。

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