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血塗られた約束 32

「……そう、なのですか?」 最初の熱に(うな)されて以降、オレは発熱していない。それに、ユシィ様から血を吸われたのは初日のみだから。 アラン様の言っている意味が分からなくてオレが問いかけると、アラン様はオレの頭を優しく撫でながら呟いた。 「あの性悪公爵様の媚薬はね、他の者とは異なるのよ。通常は数時間で効き目がなくなるけれど、ユシィの媚薬は獲物が息絶えるまでその体内から消えることがないわ」 「つまり、それって……オレは、死ぬまでユシィ様を(ほっ)してしまうということなのでしょうか?」 「まぁ、簡潔に言えばそうなるわね。ユシィに喰い殺されていない人間は、後にも先にもセオちゃんだけだから、今後どうなるかは未知数だけれど」 やっぱり、ヴァンパイアはとんでもないケダモノだ。けれど、そんな相手に自らの身を差し出したいと思ってしまうオレは、もっと(いや)しいのに。 「じゃあ、ユシィ様に求められる度、お腹の奥の方がキュってなる感じがするのも……それと、関係があるのですか?」 ずっと気になっていた感覚がなんなのか知りたくて、オレがそう尋ねると。アラン様の目が見開かれ、そうしてすぐに細められた。 「……本当にセオちゃんは可愛いわね、その通りよ。セオちゃんの身体がユシィを欲してしまうのは、ぜーんぶあのバカ公爵様のせいなの」 「でも、それではっ、オレ……オレは、ただ欲に飢えている者になってしまうのではないのでしょうか?」 清廉(せいれん)とは、程遠い。 一度穢されてしまった身体は、どう足掻いても元には戻らないのだと。そう言われているようで、自分がすごく醜く思えて仕方ないのに。 オレの言葉を否定するように、アラン様は首を横に振った。 「私、セオちゃんに言わなかったかしら?これから先、もしもセオちゃんが悪いことをしたとしても、それは全てユシィのせいだって」 確かに、そんなことを言われた記憶がある。アラン様の言葉に、ユシィ様も頷いていたけれど。オレは上手く返事をすることができなくて、黙り込んでしまった。 「性別も、種族も、愛の前では全て無意味よ。でも、だからこそ、(しゅ)への祈りは強くなる……貴方が罪を負ってでも愛したい人に出逢えたのなら、神はその行く末を見守るだけだわ」 考えれば考えるほど、分からなくなってしまう自分の心。けれど、祈りはいつだってオレの想いを清めてくれるから。 「愛されるよりは愛することを、わたしが求めますように───」 オレが好きな祈りの言葉が、自然と口から溢れ落ちていった。その言葉に笑顔を見せたアラン様は、更に話を続けて。 「そういうこと……まぁ、厄介なことに相手がバカユシィだから、セオちゃんが混乱しちゃうのも無理はないと思うけれど。当の本人同士が気づいていないだけで、ユシィもセオちゃんもお互い心惹かれていると思うわよ?」 「……そういうものなのでしょうか?」 「そういうものなのよ。あの面倒くさがり屋のユシィが、教会で子供の(なり)して暮らすなんてあり得ないもの。吸血鬼がいつ灰にされてもおかしくない場に身を置くなんて、本当に馬鹿げてるんだから」 その提案をしたのは、アラン様だったような気がするけれど……とりあえず今は、なにも言わない方が良さそうだ。

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