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血塗られた約束 37
夜が明ければ、朝が来る。
当然のように現れる日差しに、俺の皮膚が灼けそうなのだが。
ありがたいことに、修道服のカソックが全身を覆うため、明るい日差しを浴びても俺は致命傷にならずに済んでいるけれど。
「……眠い」
本来の姿から一変、セオと生活を共にするためだけに必要なプラウの容姿になった俺は、大口を開けて欠伸をしていた。
吸血鬼の活動時間は夜、そして今は朝。
血液でなくとも、セオの滴 で俺の魔力が回復するため、どうにかこの生活が保てているけれど。
冷静に考えてみると、はやり不可解な点が多いこの教会は、俺にとって逆に居心地の良い場と化し始めている。
そして。
それを感じているのは、どうやら俺だけではなさそうだ。
「寒さが厳しい季節なのに、チェリー君は今日も元気いっぱいですね。土の表面が乾いているので、そろそろ水やりのタイミングでしょうか?」
アランから託されたブラッディチェリーの苗木に毎日声を掛けているセオは、そう俺に尋ねてくる。
「ん、霧吹きで優しく水かけてやって。冬場に水やり過ぎると、ソイツすぐ拗ねて機嫌悪くなるから」
「承知しました、ユシィ様……あ、今はもうプラウ君でしたね。なんだか、こうしているとホッとしてしまいます」
苗木をチェリー君と呼び、霧吹きでふわりとした水をかけているセオの横顔は可愛いけれど。意味ありげな物言いをするセオの感情を探る俺は、未来ある苗木に目をやった。
「セオは、俺がプラウでいる方が好き?」
「……えっ?」
図星か、と。
そう訊きたくようなセオの声色に、俺は思わず苦笑いを零すが。
「えっと……もちろん、プラウ君のことは好きです。ユシィ様でおられる時よりも、親近感というか、お友達のようで毎日がとても楽しいですから」
そこで一度言葉を区切ったセオは、アランが持ってきたガラス製の霧吹きを棚の上に置くと俺に向き直る。
「でも、プラウ君はユシィ様なので……その、ユシィ様とプラウ君の優劣はつけられないです。ただ、オレは……目覚めたとき、貴方様と共にこの世界で存在できていることに、安堵するのです」
穏やかで温かなセオの言葉と、それを裏付けるには充分過ぎるほどの笑顔。その全てを向けられ、甘酸っぱい感情が俺の心を埋め尽くす。
「……そっか、ありがと」
素気ない返答しかできない自分が情けなく感じ、俺は室内を明るく照らす日の光を受け入れた。
「ブラッディチェリー、このまま育つといいな……この部屋は日当たりもいいし、風通しもいい、そんで寒い」
大切に育 むことは、心も植物も変わりないのかもしれない。各々適した環境に身を置くことで得られる充実感とか、与えられる優しさとか。
それに気づくことが可能になったのは、セオの存在があるからこそで。
「寒さを感じないと、ブラッディチェリーは開花しないそうですね。冷たい冬の風を浴びて、温かな春に真っ白な花を咲かせる姿をオレも見てみたいです」
「朝のお祈り、するか」
俺がそう声を掛けると、セオは嬉しそうに頷いてくれる。
朝の祈りの言葉のように、周りの人たちのことを考えて生きる喜びを知り、そしてどんなときでも微笑みを忘れず、感謝すべきものがあることを悟っているセオ。
そんな相手と過ごす日々が掛替えのない時間になることを、俺は神に教えてられているのかもしれない。
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