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血塗られた約束 41

目の前には、アホほど旨い香りを漂わせるヤツがいるというのに……吸血衝動を抑えている俺って、すげぇー優しい(やから)だと思う。 正直な話、媚薬を注がず吸血することは可能だ。しかし、そうなると辛いのはセオだろう。皮膚を切り裂き、その傷口を抉られながら血を啜られるのだから、かなりの痛みを伴うのは当然のこと。 それを考えると、いくらセオの血液が旨くても強要できない俺がいる。セオの感度が高いことを踏まえ、新たに媚薬を注がずともセオの体内に残留している分で、痛みを軽減してやることはできそうだけれど。 とりあえずは、俺の欲よりセオを生かすことの方が優先される。食欲を満たすのはブラッディチェリーで事足りるし、魔力はセオの(しずく)で補給できるのだから……と、何度同じことを自身に言い聞かせれば、俺は気が済むのだろう。 「……やっぱり、オレ一人が贅沢な思いをするのは面白くないのですか?」 無事に買い出しが終わり、ルーグスに指定された店へとやって来た俺とセオだが。どうやら俺がぼんやりとし過ぎていたらしく、それを違う方向で受け止めたセオは勘違いを披露した。 「面白くないっつーより、単純に眠い。この時間、いつもなら黙想してる頃だろ……俺が寝てても、リヒカとルーグスが気づかない貴重な時間だから気が緩んでるだけ」 「それなら良いのですが……こんなに素敵なお茶とお菓子を独り占めしているようで、なんだか申し訳なく感じてしまいます」 セオの目の前に並ぶ食事は、どれも教会では味わうことのできない品ばかり。サンドウィッチやスコーン、ひと口サイズの小さなケーキに、香り高い紅茶のセット。 「思う存分、独り占めすりゃいいだろ。俺は食えねぇーから、セオが俺の分まで味わって笑ってくれればそれでいい」 頭から色鮮やかな花を咲かせて微笑むコイツの姿を知っている俺は、後ろめたさを感じているセオにそう伝えてやった。 「じゃあ……えっと、お言葉に甘えて」 「ん、ゆっくり食え」 食前の祈りを済ませ、アフタヌーンティーを堪能するセオを見つめて。ひと口頬ばる毎に、ふわふわと微笑むセオがとてつもなく愛らしく、独り占めしたいのは俺の方だと思った。 アランのように、ただ一人を愛せるのなら。 心ない獣でも、ソレを持つことが(ゆる)されるのなら。 俺が愛したいと想う相手は、セオだ。 吸血鬼だからとか、人間だからとか。 男女がどうのこうのって、そんな理屈はどうでもいい。 ただ、セオの全てが欲しい。 こんなにも欲深く、溺れそうな感覚など今まで知らなかったのに。俺に幾つもの感情を植え付けていくセオは、心の重さを俺に突き付ける。 セオが毎日、あの町の民の平和を祈る横で、懺悔の日々を繰り返す俺がいることをコイツは知らない。 俺が過去に喰らってきた人間にも、愛する存在があったのなら……食欲を満たすためとはいえ、軽々しく消し去っていい命なんてなかったはずだ。 けれど。 過ぎたことをいくら悔やんでも、俺の(しゅ)が変わるわけではないのだから。 「セオ、美味いか?」 訊かずとも分かることを敢えて問い質した俺に、セオは満面の笑みで応えてくれる。 「とっても美味しいです、ユシィ様」 プラウの姿の俺を無視して幸せを噛み締めるセオの笑顔に負け、今日はもう、このまま好きに呼ばせてやろうと思った。

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