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血塗られた約束 42

「リヒカ様とルーグス様に、叱れたりしないでしょうか……夜の船便に乗り遅れてしまったなんて知れたら、金輪際外出禁止になってしまうかもしれません」 「あの二人に知られないように、今こうしてんだろ。船の真上を飛んでんだから、街を出た時間は偽れる。無事に帰してやるから、心配すんな」 存分にアフタヌーンティーを楽しんだ後、俺たちは他の店にも立ち寄って様々な物を見て回った。そのたびにはしゃぐセオは本当に可愛くて、あの教会に留まらせておくのがもったいないと思うほどだった。 夕陽に照らされていく街並みに見惚れていたセオの表情も、辺りが夜に包まれてクリスマスムード一色の風景に溶け込んだセオの姿も。 そのどれもを大切に目に焼き付けておきたくて、俺はセオの思うままに隣街を堪能してもらった。 そうして。 俺たちは、見事に帰りの船便に乗り遅れたのだ。 ……まぁ、元々帰りの船に乗せる気はなかったのだが。 隣街へは船で30分程度、セオを抱いてゆっくり飛んで帰っても門限までには充分間に合う距離。真っ昼間に空を飛ぶとさすがに目立つが、闇に潜めば話は別だ。 教会を出るとき、万が一を考えて(からす)のフェクダに声を掛けてきたから神父と聖女の動向も把握できているけれど。 そんなこと知る由もないセオにとっては、ただ不安な時間を過ごしているようで。クッキーの材料として購入したチョコチップとココアパウダーが入った袋を抱え、心配そうに眉を下げるセオを俺が抱えている。 「セオ、下じゃなくて上を見ろ」 こうして運んでやるのは二度目だが、相変わらず下を見るのが怖いらしいセオ。どんどん小さくなっていく光る街を見つめているセオは、俺の言葉で上を向いた。 「……すごく綺麗、ユシィ様」 真冬の星空を見上げたセオは、透き通る夜の空気に白い息を吐く。セオの声だけがやたらと澄んで聴こえて、それがなんとも心地良かった。 「いつもより、ずっと近くに星があります。とっても素敵……上を見上げていたら、不安も恐怖もどこかへ行ってしまいそうです」 「その気持ち忘れんなよ、セオ。この先、お前は幾度となくこうして俺の腕に抱かれんだから」 「えっ……あ、えっと」 暗闇でも分かるくらいに、セオは頬を染めて俺を見る。事実を告げただけなのだが、照れてしまったセオが可愛くて俺は笑ってしまった。 「お前はまったく、あんま可愛い顔してるとこのまま(やしき)に連れ帰って犯すぞ」 「それはダメですっ、ユシィ様!せめて、せめてクリスマスの式典が終わるまでは、オレのお傍に……教会に、いてほしいのです」 「冗談だ。そんな必死にならなくても、お前から離れたりしねぇーよ」 「ユシィ様……はい、ありがとうございます」 満天の星空にセオ声だけが響き、伝えられた感謝を俺は素直に受け取った。 漆黒の翼を広げて、目指すは海辺の教会。 奥底で闇が渦巻くあの場所で、俺はセオに拾われた。そして、そのセオにある小さなアザは空に浮かぶソレとよく似た形をしている。 何故、人は星に願いを託すのだろう。 数々の点を線で繋いで、捉えられた形を星座と呼び、星が流れたら願掛けするけれど。 「……セオ、好きだ」 疲れ果てて俺の腕の中で眠りに落ちてしまったセオにそっと声を掛けた俺は、見失っていた心でずっと……愛されることより愛することを望んでいたのかもしれない。

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