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血塗られた約束 45
揺れる想いを抱えていても、時間は皆と平等に過ぎていく。
着々と進む式典の準備の裏で、オレはユシィ様へ感じる特別な想いを口にできずに戸惑っているままだから。
「チェリー君は、この町がお好きなのですね。今日も元気いっぱいのようで、嬉しい限りです」
もうすっかり、朝の日課になったブラッディチェリーの観察。毎日少しずつでも育っていく姿は、こんなにもすんなり言葉にできるのに。ユシィ様に恋に落ち、愛を育もうと試みるものの……育て方が分からないオレは、ただユシィ様を見つめることしかできなくて。
「……セオ、どーした?」
オレからの視線を感じたユシィ様が、せっかく優しく微笑んで尋ねてくださったのに。もう少しだけ、ユシィ様の姿でいてほしい……なんて、身勝手な考えは口にできないから。
「えっと、なんでもありません」
ブラックカラーのガウン姿で、髪を掻き上げオレに笑顔を見せるユシィ様にときめいてしまった心内を知られたくないオレは、白い羽根のように舞っている窓の外の雪に視線を移したけれど。
「……っ、ん」
ふわりとユシィ様の腕の中へと招き入れられ、そのまま唇を奪われたオレは、乱れた感情を隠したくてゆっくりと瞳を閉じていく。
触れ合うだけの口づけなのに、息が止まりそうだ。こんなにも温かで優しいキスをされてしまったら、オレの中に眠る醜い気持ちまで顔を覗かせてしまうのに。
髪を掬うように頭を撫でられ、離れていった唇を見つめて。ユシィ様を見上げたオレは、悔し紛れに小さく口を開いていく。
「朝から口づけするなんて、伺っておりませんのに……」
心に感じるモヤモヤとした想いに、オレはまだ気づきたくない。優しくされたら、不安定な想いが一気に崩れ落ちてしまいそうだから。
「お前は本当に可愛いヤツだな。してほしそうな顔して俺のことを見ていたクセに、いざとなったら拒むのか?」
「だって……ユシィ様がオレにするキスは魔力の補給のみで、それ以外の意味はないのでしょう?」
つい、本音を零してしまった。
これではまるで、優しさで溢れた口づけに意味を持たせてほしいと……そう、告白しているようなものなのに。
「いや、そうでもねぇーよ」
オレの疑問にクスッと笑ったユシィ様は、腰に手を回しオレを放そうとはしなくて。
「では、その……ユシィ様はオレが美味しい人間だから、優しくしてくださるのですか?」
確かめてはいけないと、頭の何処かで思っていたのに口が勝手に動いてしまった。
曖昧なままでも、ユシィ様はこうしてオレの傍にいてくださるのに。明確な理由を告げられずとも、この温もりに溺れてしまえば結果は同じこと……それなのに、尋ねてしまった時間は戻せなくて。
「ユシィ様はっ、誰にでもこんなこと……誰だって、オレではなくてもっ……いいの、ですか?」
オレの問い掛けに、ユシィ様からの返事はない。それが余計に心苦しく、オレはユシィ様のガウンを掴んで声を振り絞るけれど。
「オレは、オレっ……」
溢れてしまいそうな涙を堪えるために噛んだ唇、先程までユシィ様の唇が触れていたソコにはチクリとした痛みが走る。
「……セオ」
伝えたい言葉は山ほどあるのに、今は音にすらにならない。沢山の感情がぐちゃぐちゃに混ざり合い、噛んだ唇には薄らと血が滲んでいった。
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