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【番外編】九弥と黒柳㈢ ※R18

 いったい、どうしてこんな展開になったのか。  とても信じがたい光景だ。  目の前にはあの九弥(かずや)がいて──眩しいほど白い脚を、黒柳(くろやなぎ)のほうへ投げだしている。  夏の強い日差しの逆光が、椅子に座って黒柳を見下ろしているその顔を隠していた。  陰のせいで表情は見えないが、声に滲んでいる悦(よろこ)びでじゅうぶんに想像力を掻き立てられる。  ──こんなところまで、するりとしていて舌触りがよく、心地いい。  黒柳は床に跪(ひざまず)いて、九弥の慎ましく勃ったものを頬張っていた。  口のなかで膨張して脈打つたびに、夢中で舌を這わせ、先端を吸いあげた。 「んっ、はぁ……栄玖(よしひさ)君、もう……」  抑えた吐息と同時に、口腔内が温かい白濁液で満たされる。  すべて飲み込んだつもりが、体を離した途端、黒柳の体を挟むように伸びていた九弥の脚にぽたぽたと漏れ落ちた。 「っふ、ふふ」  いったいなにがおかしいのか、彼は愉(たの)しそうに笑いだした。 「ちゃんと、舐めてください。一滴も残さずに」  ついさっきまで完璧な皺を描いていた着物の裾を捲り、艶めかしい白い脚を剥きだしにする。  そして、片方の膝を折って黒柳の顔の前へ差しだした。  小さな爪で飾られた足を両手に取る。  指の一本一本、それらのあいだまで、自分の口から溢こぼれた液体を舐めとっていった。  すっかり綺麗になったのを確認すると、彼は黒柳に向かって、子供が抱擁を催促するときみたいに両手を広げた。 「ん」  膝をついたまま上半身を起こし、脇の下から背に手をまわして抱きしめる。  三つも年上のはずなのだが、年齢のわりにたくましい黒柳と較べたらかなりの体格差だ。すっぽりと包み込める細い体に胸が高鳴った。 「ねえ、九弥さん、舌だして」  要求に応えて覗かせてくれた赤い舌。肌を舐めていた延長みたいに、自分のを押しつけて擦り合わせる。  他人の粘膜がこんなにも気持ちがいいものなのだと、黒柳は今まで知らなかった。  九弥は自身がだした体液の味に一瞬眉をひそめたが、構わずそのまま続けた。  この人のものであれば、唾液もなにもかも、いっしょくたに飲み下してしまいたかった。 「口吸い、好きなんですね」  ようやく離された唇から、荒い息とともに囁かれる言葉。 「どうだろうな。今日初めてした。あなたは?」  九弥は答えの代わりに、今度は自分から舌を絡めてきた。  高揚して、手が勝手に動きだしていた。九弥の着物の下を弄(まさぐ)り、胸の突起、腰の骨、強く握り潰したい欲求を抑えながら、必死に這いまわる。  とにかく九弥のすべてに触れたかった。  すべての肌、すべての粘膜、そしてすべての内臓。  皮膚が存在するのさえもどかしい。  突き破りでもしなければ、この人には届かないのではないか。  外は炎天下で、室内の気温は上昇し続けている。  滴り落ちる汗とともに、ふたりの体が溶けて混ざってしまえばいいのにと思う。  椅子に座っている九弥を、抱擁していた腕でそのまま抱えあげた。  腰と膝を支え、幼子を抱っこしているような恰好で敷かれた布団に連れていく。  負担のないようにゆっくりと下ろすと、九弥は横向きに寝そべって上体だけを起こした。着物の片側がはだけて、肩が露出する 「僕のぜんぶ、見たいですか?」  「見たい」  「触りたい?」  「触りたい」  「他には?」  「舐めて、吸って、噛んで、暴きたい。駄目か?」  問答のようでそうではない、無意味な確認事項。  きっと答えはもらえないだろうから、黒柳も待たなかった。  筋肉があまりついていないからなのか、彼の脚はほっそりとしているが肉感がある。皮膚と舌で味わいながら、下から上に撫でさすっていく。  付け根に到達し、着物を捲りあげた。  そういうことをするための部屋だけあって、枕元には香油が用意されている。  聞き齧った知識で、なんとなく使い方はわかっていた。  柔らかそうな臀部の溝に、香油を垂らす。  体温で温めるまでもなく、瓶の中身は外気と同じ熱さになっている。  指で秘所の入り口を愛撫した。慣らしたあと、一本だけ内部に滑り込ませてみる。  彼のそこは、ごつごつとして骨ばった自分の指先を、まるで吸いつくようにしっとりと包んだ。  傷つけないよう、念入りに解(ほぐ)していく。  横向きの体勢のまま、九弥はじっと耐えていた。 「……ほんとにいいのか」  初めて抱かれる男が、自分でいいのか。  九弥はやはり答えず、黙って着物を体から落とした。  ***  ただ物欲しそうな目で眺めるだけの毎日から、なぜこのような急発展を迎えたのか。  挨拶と他愛のない雑談を交わすだけの関係は、突然終わりを迎えた。  ある日、いつものように寿呉服店に行ってみたが、九弥の姿がどこにもなかった。  こっそり覗いた店内には彼の祖父しかいない。  大学はまだ暑中休暇中のはず。用事でもあって出かけているのだろうか。  黒柳は少なからず落胆して踵を返し、伊勢佐木(いせざき)の繁華街をやってきた方向に戻った。  横濱に滞在できる期間もあと少しで終わるというのに、なんの進歩もない日々が続いている。  だが、進歩とはなんだろう。たとえ勇気をだして想いを告げたところで、住む場所も、身分もまったく違う。しかも男同士だ。  金も地位もない役者崩れが、老舗の商家の跡取り息子に恋など、不毛にもほどがある。  それでも、探すのを止められなかった。  どうせ無駄だろうと思いながら、帰るに帰れず、無闇に歩いていたとき──  大通りから脇に逸れる細い路地に、茶屋があった。  その軒先に求めていた人を見つけたのである。  彼は番傘で作られた陰の下で、赤い布の敷かれた縁台に座って茶を飲んでいた。 「う、あ、九弥さん」 「おや、栄玖君?」  肌は浅黒くて体も大きい。お世辞にもガラが良いとは言えない見た目のくせに、無様にどもってしまう。  九弥は気にした様子もなく、いつもどおり涼しげに笑いかけてきた。  今日は普段より堅苦しくない日常着だ。薄浅葱(うすあさぎ)色の薄物が黒い髪と瞳によく似合って映えている。  左手に持っている日差しの透ける扇子が、蝶々みたいに彼の口元で舞っていた。 「今日、店のほうは休みか」 「ええ。たまには遊んでこいと祖父に言われたのですが、どうしたらいいかわからなくて、困ってるんですよ。とりあえずお茶を飲んでいます」  と、穏やかに眉を下げている。  最近増えてきたカフェーやらミルクホールではないのが九弥らしい。 「やりたいこと、ねぇのか」 「じつは、ひとつだけあるんですが……でも、ひとりじゃ難しくて」 「それなら、俺が」  彼が喋り終わらないうちに、黒柳は食い気味に言った。 「……俺にできることなら、手伝うけど」  九弥は目を見開き、少し考えたあとで、悪戯(いたずら)っぽく笑った。 「じゃあ、お願いします」 「なにをすりゃいい?」 「この茶屋がね、あいすくりんをつくる器械を仕入れたそうなんですよ」 「……あいすくりん?」  思っても見なかった言葉が飛びだしてきて、つい首をかしげる。 「一緒に食べてくれませんか? 弟か妹を連れていればよかったのですが、ひとりではちょっと気恥ずかしくて」 「……たったそんだけか?」  意外な願望に拍子抜けしつつ、落ち着きのある彼があいすくりんを食べたいと言う可愛らしさに胸が震えた。  そのくらいなら喜んで付き合うに決まっているが、承諾しようとしてはたと気づいた。  高価な氷菓子を食えるほど、持ち合わせがないのだ。  小さな劇団の無名役者だ。給金などあるはずもなく、衣食住を与えられているだけありがたい。  黒柳が手にできる金といえば、客が大入りだった日にときどきもらえる駄賃くらいである。  考え込んでしまった黒柳の様子に勘づいたのか、九弥は明るく言った。 「もちろん、僕がご馳走します。こちらから誘っているんですから」 「だが……高いんだろ。気が引ける」 「いいですよ。その代わり、お願いをひとつ聞いてくれるんでしょう?」  あいすくりんを一緒に食べることが、お願いではなかったのか?  話の流れから当然そう受け取っていたのだが、どうやら別件らしい。  狐につままれたような気分になりながらも、九弥と過ごせる時間を逃したくなくて、それ以上は追求しなかった。 「こう暑いと、外ではすぐ溶けてしまいそうです。店内で注文しましょう」  黙って従い、店主に案内されて二階の部屋に通された。  敷かれた一式の布団、枕元の香油。  経験はないが、見ればわかる。ただの茶屋ではなく、男女が密会できる待合茶屋だったらしい。  当たり前のように運ばれてくる、硝子(がらす)の器にはいった氷菓子。  卵と牛乳のかすかな匂いがして、今の状況に固まっていた黒柳ははっと我に返る。 「美味しそうですね。食べさせてくれますか?」  広縁の椅子に座っていた九弥の声に、洗脳でもされたかのようにふらふらと体が勝手に動く。  乳白色の冷たい菓子を一匙(ひとさじ)、音もなく掬すくいとり、九弥の口元へ運んだ。 「匙ではなくて」  その短い否定がなにを示しているのか。  信じられない気持ちと、逆らえない本能が同時に襲いかかってくる。 「できますよね? いつも、あんな目線で僕を見ていたんですから」  匙に乗せたそれを、黒柳は自分の口に含んだ。  そして、九弥の小さな後頭部を抱き寄せて、手のひらで首筋を支え──  舌の上で砂糖が溶ける、甘い口づけをした。

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