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第3話

王子はゆっくりと塔に足を踏み入れた。 ギシ、と床がきしむ。木の床にほこりが舞っているのが見える。 塔の中の空気は冷たく心地いい。 背後のカーテンが、ふわりと王子の髪を撫でる。 「……天使様」 青い月光がか細く足元を照らすだけで、部屋は真っ暗だ。 辺りは何も見えない。 王子は剣のさやを握りしめ、暗闇に問いかけた。 「天使様。私はシュワルダ王国第一王子のオリバーです。お迎えに上がりました」 発した声は反響せず、すぐ近くで響いた。この部屋がそれ程広くないことに気付かされる。 「…天使様。そこに、おられますか?」 青く照らされた王子の瞳が不安げに揺れる。 「…………」 何を隠そう、 このとき王子は心臓が身体を突き破ってしまうのではないかというくらいに緊張していた。 まだ齢20弱の自分の一挙一動に国の命運がかかっている。 (あぁ……。もう、立ち去ってしまいたい) ……そもそも、僕が第一王子になったのはほんの数年前のことだ。 兄であるデン王子が他国の戦争に自ら赴き死んだ時、自分はまだ成人したばかりだった。 第二王子という立場から国への帰属意識が薄くのびのびと生活を送っていた最中、兄の訃報が知らされ、あれよあれよという間に第一王子に昇格させられてしまった。 そこにオリバーの意思はなく、そうなるのが当然というシステムが彼を支配していただけだ。 世間では、あの優秀なデン王子の弟で、美男子で、更に天使の血をひいていて……とこれ以上ないほどもてはやされているが、皆が思う程自分は強くない。 人々が本当の自分を知り失望する未来を想像すると、怖くて仕方がない。 天使の塔のことだってそうだ。 自分はずっと、どこかの姫君と結婚し悠々と一生を終えていくのだと信じていた。 天使との結婚が生まれながらに決定している兄のことを、哀れに思っていた。 (兄さん……。僕にはとても荷が重い。天使と人生を分かつなんて、そんな大層なことができる立派な人間にはなれない) 返事のない暗闇を見つめながら、このまま天使が現れず、婚姻などなかったことになればいいと、オリバーは強く思った。

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