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第5話
「……っ、ぁ……」
何か話さなくてはと喉を震わせても、掠れた息しか出せない。ああ、声を発するなんていつぶりだろう。
目を泳がせ狼狽える僕に、天使の顔は次第にひどくゆがんでいった。
「お前、ここがどこなのか知った上での無礼か」
身に覚えのないことを責められる。ここが、どこか?……ここは……この塔は、一体なんなんだ。なぜ、天使がここに現れたんだ。なぜ、外がこんなに騒がしいんだ。
「皆さん!本日はお集まりいただきありがとうございます。どうかご心配なく、新たなる王妃殿を歓迎してくださいますよう」
塔の下から若い男の声がした。ざわめく人々の声も。脳の処理が追い付かない。
早くこの場から逃げ出したい。
足の震えが最大に達し、僕は膝から崩れ落ちた。
天使のこらえるような笑い声が耳をつんざいた。
「ハハハハハ!醜い小鬼よ」
ぐいっと顎を掴まれ、無理やり視線を合わせられる。
「教えてやろう。この塔は、我々天上人と王族が縁を結ぶため代々使用してきた聖域だ。清き血を持つ王族以外が、ましてお前ごときが荒らしてよい場所ではない」
「聖域…天使と、王族の…」
取り返しのつかない事実が、ゆっくりと脳に滲んでゆく。
「444年待ちわびたハレの日にこんな小汚ない小鬼。興醒め必然」
天使の淡々とした声が響く。何のことだか理解はおぼろげだが、とんでもないことをしてしまった事は諒解する。
「今代の婚姻は取り止めだ」
巨大な翼が頬をかすめた。ピチャ、と嫌な音がする。
「王子によろしく頼もう。一世一代の協定を小鬼が台無しにしたとなれば、八つ裂きか水責めか……ふ、拷問は免れぬだろうな」
数秒遅れて、頬に鋭い激痛が走った。えぐれた皮膚が、スローで眼前をよぎる。
(あ……僕の、皮膚が)
「その傷は一生残る。この罪から逃げようとしても無駄だ。王子に真実を告げぬなら、死ぬより辛い呪いをかけてやる」
「せいぜい賢い選択をしろ」
一瞬、光がスパークし、辺りはもとどおり真っ暗になった。
暗い部屋に、茫然とへたり込むゴブリンだけが残った。
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