5 / 16

第5話

「……っ、ぁ……」 何か話さなくてはと喉を震わせても、掠れた息しか出せない。ああ、声を発するなんていつぶりだろう。 目を泳がせ狼狽える僕に、天使の顔は次第にひどくゆがんでいった。 「お前、ここがどこなのか知った上での無礼か」 身に覚えのないことを責められる。ここが、どこか?……ここは……この塔は、一体なんなんだ。なぜ、天使がここに現れたんだ。なぜ、外がこんなに騒がしいんだ。 「皆さん!本日はお集まりいただきありがとうございます。どうかご心配なく、新たなる王妃殿を歓迎してくださいますよう」 塔の下から若い男の声がした。ざわめく人々の声も。脳の処理が追い付かない。 早くこの場から逃げ出したい。 足の震えが最大に達し、僕は膝から崩れ落ちた。 天使のこらえるような笑い声が耳をつんざいた。 「ハハハハハ!醜い小鬼よ」 ぐいっと顎を掴まれ、無理やり視線を合わせられる。 「教えてやろう。この塔は、我々天上人と王族が縁を結ぶため代々使用してきた聖域だ。清き血を持つ王族以外が、ましてお前ごときが荒らしてよい場所ではない」 「聖域…天使と、王族の…」 取り返しのつかない事実が、ゆっくりと脳に滲んでゆく。 「444年待ちわびたハレの日にこんな小汚ない小鬼。興醒め必然」 天使の淡々とした声が響く。何のことだか理解はおぼろげだが、とんでもないことをしてしまった事は諒解する。 「今代の婚姻は取り止めだ」 巨大な翼が頬をかすめた。ピチャ、と嫌な音がする。 「王子によろしく頼もう。一世一代の協定を小鬼が台無しにしたとなれば、八つ裂きか水責めか……ふ、拷問は免れぬだろうな」 数秒遅れて、頬に鋭い激痛が走った。えぐれた皮膚が、スローで眼前をよぎる。 (あ……僕の、皮膚が) 「その傷は一生残る。この罪から逃げようとしても無駄だ。王子に真実を告げぬなら、死ぬより辛い呪いをかけてやる」 「せいぜい賢い選択をしろ」 一瞬、光がスパークし、辺りはもとどおり真っ暗になった。 暗い部屋に、茫然とへたり込むゴブリンだけが残った。

ともだちにシェアしよう!