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小鬼と王子

風が止み、何か、ひとつの世界が消えたような静寂が塔に訪れた。 さんざん鳴いていたふくろうも黙った。 月の灯りは、雲にかき消された。 「…………………」 「…………………」 「…………………」 「…………………」 暗い部屋の中向かい合う二つの影。 「…………………あ、あの…」 先に静寂を破ったのは、王子だった。 「………………、天使、さ、ま?です、か」 「……………………」 うつむいたまま黙るゴブリン。 暗闇でその表情が分からず、王子は上半身を少しかがめ、目の前の天使かもしれない生き物を恐る恐る下から覗いた。 「………………」 パッ!、と、ゴブリンは手で顔を覆い隠した。硬く黄土色をした皮膚が静かに震える。 「あ、あなたはもしや……」 王子の青い瞳が見開かれる。 ゴブリンは唇を噛み、瞳を閉じた。 (ああ、言わないで……) 「ッゴブ…「オリバー王子!」 「!」 塔の下から騎士達の声がした。 「王子、何か問題がありましたでしょうか!?」 その瞬間、あらゆる音が塔に甦ってきた。 「王子様、大丈夫なのか?」 「遅すぎるわよね……。いつ出てくるの?」 「天使様はいるのかしら?」 ざわめきはどんどん大きくなってゆく。 王子は窓の外とゴブリンを交互に見て、口をぱくぱくさせながら必死に考えた。 今、目の前にいるのは間違いなくゴブリンだ。天使ではない!このことが国民に知れ渡れば、大変な混乱を招いてしまう。 「ッ……ダレン!上がってきてくれ!」 自分一人で判断を下すのには事が大きすぎる。とっさに信頼のおける従者の名を叫ぶ。 「ただいま!」 カタンとはしごを登る音が聞こえてくる。 その間、王子とゴブリンはお互い見つめあったまま片時も動かなかった。 (ああ、僕はこのあと牢屋に連れられてころされるんだ。もう逃げられない) (……だけど本物の王子様は、やっぱりとても美しいなあ。いつか……お話してみたいと思っていたけれど。今世では叶いそうにないなあ) 諦めの感情が頬を伝う。ポロポロと、雫がこぼれて止まらなくなってゆく。 (最後に少しだけでも、ほんの砂粒でも……憧れの人の前では綺麗な顔でいたいな) 「………………!」 王子の瞳が揺れた。 小さく息を飲む音がした。 「……こんばんは。……初めまして、王子様」 ゴブリンは、控えめに微笑んだ。 「僕の名前はグウェンです。ずっと……ここに住んでいます」 するどい牙が覗き、獣じみた皮膚が深い皺を刻む。その顔はとても。 「……はじめ、まして」 とても醜く。 「私はシュワルダ王国王子のオリバーと申します……」 ───しかし、一国の王子を跪かせる程に、美しい微笑みだった。

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