8 / 16
小鬼と王子
風が止み、何か、ひとつの世界が消えたような静寂が塔に訪れた。
さんざん鳴いていたふくろうも黙った。
月の灯りは、雲にかき消された。
「…………………」
「…………………」
「…………………」
「…………………」
暗い部屋の中向かい合う二つの影。
「…………………あ、あの…」
先に静寂を破ったのは、王子だった。
「………………、天使、さ、ま?です、か」
「……………………」
うつむいたまま黙るゴブリン。
暗闇でその表情が分からず、王子は上半身を少しかがめ、目の前の天使かもしれない生き物を恐る恐る下から覗いた。
「………………」
パッ!、と、ゴブリンは手で顔を覆い隠した。硬く黄土色をした皮膚が静かに震える。
「あ、あなたはもしや……」
王子の青い瞳が見開かれる。
ゴブリンは唇を噛み、瞳を閉じた。
(ああ、言わないで……)
「ッゴブ…「オリバー王子!」
「!」
塔の下から騎士達の声がした。
「王子、何か問題がありましたでしょうか!?」
その瞬間、あらゆる音が塔に甦ってきた。
「王子様、大丈夫なのか?」
「遅すぎるわよね……。いつ出てくるの?」
「天使様はいるのかしら?」
ざわめきはどんどん大きくなってゆく。
王子は窓の外とゴブリンを交互に見て、口をぱくぱくさせながら必死に考えた。
今、目の前にいるのは間違いなくゴブリンだ。天使ではない!このことが国民に知れ渡れば、大変な混乱を招いてしまう。
「ッ……ダレン!上がってきてくれ!」
自分一人で判断を下すのには事が大きすぎる。とっさに信頼のおける従者の名を叫ぶ。
「ただいま!」
カタンとはしごを登る音が聞こえてくる。
その間、王子とゴブリンはお互い見つめあったまま片時も動かなかった。
(ああ、僕はこのあと牢屋に連れられてころされるんだ。もう逃げられない)
(……だけど本物の王子様は、やっぱりとても美しいなあ。いつか……お話してみたいと思っていたけれど。今世では叶いそうにないなあ)
諦めの感情が頬を伝う。ポロポロと、雫がこぼれて止まらなくなってゆく。
(最後に少しだけでも、ほんの砂粒でも……憧れの人の前では綺麗な顔でいたいな)
「………………!」
王子の瞳が揺れた。
小さく息を飲む音がした。
「……こんばんは。……初めまして、王子様」
ゴブリンは、控えめに微笑んだ。
「僕の名前はグウェンです。ずっと……ここに住んでいます」
するどい牙が覗き、獣じみた皮膚が深い皺を刻む。その顔はとても。
「……はじめ、まして」
とても醜く。
「私はシュワルダ王国王子のオリバーと申します……」
───しかし、一国の王子を跪かせる程に、美しい微笑みだった。
ともだちにシェアしよう!