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第9話

「……それで、先ほど天使様に出会ったのです……」 長身の男二人に向かい合って、痩せぎすな小鬼グウェンは遠慮がちに事の経緯を話していた。いつも通り塔で暮らしていたところを天使があらわれ、国を揺るがすような反感を買ってしまった経緯を。 全てを話す内、はしごで上がってきた従者の顔が曇っていくのが分かった。 後ろに撫で付けた銀髪に深紅のタキシード。 夜の闇のようなつり目がぎらりと光っている。 終始目を丸くし子どものように百面相しながら話を聞いているオリバー王子とは対極的だ。 王子に呼ばれて塔に入り、天使ではなくゴブリンを確認した時、彼は大きなため息をついた。 寒空の下待たされたあげく、天使がいないという悪い予感が的中したのだ。 今も黒いブーツでカツカツ床を鳴らしながら、苛つきを抑えている。 グウェンは怯えてちらちら従者を見ながら、深呼吸をして本題を伝えた。 「私を牢へ連れていって下さい」 従者はいきなりグウェンの肩を掴んだ。 「あっ……!」 「てめェふざけんじゃねえぞ」 「ダレン!よせ」 王子が止めに入るが、従者ダレンはグウェンの肩を掴んで離さなかった。グウェンの骨ばった身体がギシと嫌な音を立てる。 「いきなり現れて国滅亡に陥れやがって、すごすご牢にぶちこめだァ?てめェの首落とす刃も惜しいぐらいだ、まともに逝けると思うなよ化け物風情が」 荒い息で、ダレンは詰め寄る。 「おいオリバー、お前が決めろ。本当にこれを民に説明するのか?婚約がこんな小鬼のせいで破棄になったってな」 「……いずれ分かってしまうことだろ。これから国は災いに見舞われるのだから」 「王には何と伝えるつもりだ?」 「……………」 「多分お前、こいつと一緒に殺されるぞ」 ダレンはグウェンをオリバーの前に突き出した。 「……………」 「これがお前の兄ちゃんなら話は違ってたんだがな」 「ダレン、やめてくれ」 「王の可愛い可愛い長男のデン王子。その出来損ないの弟がお前だ、今回の儀式だって本来なら王立ち会いのもと行われるはずが、お前との不仲が原因で───」 「やめろって言ってるだろ!!!!」 オリバーは拳を握り、塔の外にきこえないように押さえ付けるような、悲痛な叫びをぶつけた。 「じゃあどうしろと言うんだよダレン……!  これはもう起きてしまった事なんだよ……ッ!」 「……………」 話を聞いている間中、グウェンの心はもう深く沈みこんでいた。ダレンに掴まれた肩が痛い。天使に傷つけられた頬が痛い。 自分のせいで王子も処刑されるらしい。 どうせもうすぐ死ぬ身に、抱えきれない憂鬱が降り注いでくる。 (……消えたい。早く灰になってしまいたい) (自分のことしか考えられない自分も憎い。この国の人々はこれから災いのなか生き、苦しまなければならないというのに) うつむいたグウェンを見て、ダレンが舌打ちする。 「てめェのせいでこうなってんだぞ。自分が一番不幸みてぇな面しやがって」 三白眼をギョロリと回し、ため息をつく。 「あー、言い過ぎたよオリバー、俺も従者の身分が危ういんだ。チッ…。クソ」 「……仕方ねえ。俺も幼馴染みが殺されンのを見過ごすのはお断りだ」 「……ダレン?何をたくらんでいる」 「はは……っ。ちょっくら時間稼ぎするだけだよ。隠し通すには無理があるからな」 にやりと笑みを浮かべたダレンは、吹っ切れたようにいきなりはしごを降りはじめた。 「お、おいダレン!」 オリバーが引き留めるが聞かず、ダレンは下まで降りると国民に向かい声を張り上げた。 「皆さん、長らくお待たせいたしました! 婚姻は無事成立しました!!」 瞬間、ワァッと歓声が沸き上がった。 「やったぞー!!」 「今夜はお祭りね!」 「いや、なんとめでたいことだ」 「安心したわ……。これで国は安泰ね……」 涙ぐむ声も聞こえてくる。 どこからか花火が上がり、酒盛りまで始まってしまった。 「あら?でも待って。誓いのキスは?」 「そうだ!天使様のお姿が見たいよ」 「画家のタペストリー!」 声を上げる国民にダレンは顔色一つ変えず話した。 「皆様、天使殿に失礼ですよ」 「…………」 「こんどの天使殿は一般国民の者にはお姿を現したくないと聞いて参りましたので。あしからず」 もっともらしい話しぶりに皆が口をつぐむ。 「まあ、確かに無礼なことだったな……」 「とにかく婚姻は成立したんだろ?酒が飲めりゃ何でもいいよ。ぱーっとやろうぜ!」 「あはははは」 再び楽しげに騒ぎ始めた民衆を眺め、ダレンは満足げに何度もうなずいていた。 肝心の塔の中、オリバーは茫然とした様子で天井をながめていた。 「言っちゃったよ……嘘っぱち……」 窓にもたれかかり、うなだれる。細い金髪がサラリと揺れる。 グウェンはというと、床にへたりこんで ぼんやりと地面を見つめていた。

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