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第10話

sideオリバー王子 うなだれたまま、横目でゴブリン──グウェンを見やる。憔悴しきった様子で地面にへたりこんでいる、生き物を静かに観察する。 くすんだ皮膚。頬には殴られた痕。 大きくとがった耳に、骨張った貧相な身体。 すべてが城で見る華やかなものと正反対だ。 宝石も身に付けていないし、本人にもまるで輝きがない。 なのに────なのになぜ、先程は跪いてしまったのか。 弱々しい笑みで挨拶するその姿に、息をするのも忘れてしまった。 (……ゴブリンなんて、物語の世界でしか見たことが無かった。たしかに格好は物語のとおりの……素朴な、感じだけど、けれど……) 「……ぁ、」 ふと焦点が合い、グウェンと目が合っていることに気付いた。 オリバーの澄んだ碧眼に対し、 紅玉のようなグウェンの瞳が揺れる。 (…………) 数秒、時が止まった。 「……寒くないですか?」 「えっ、」 考えを読み取られないようオリバーが先手を打った。 まさか声をかけられると思っていなかったのか、グウェンは大きくびくついた。その瞬間、窓から冷たい風が勢いよく吹き付けてくる。 「あ……」 「ごめんね。閉める」 金髪が乱れるのを煩わしく思いながら、 カタンと窓を閉めようとする。その時、下から陽気な声が聞こえてきた。 「よう!オリバー王子ィ!やってるかい!」 「っ……!」 「っぱし初夜が肝心だからなあ!」 「ちょっとあんたッ酔ってるからってはしたない……!やめとくれよ……!」 すかさずたしなめるような女の声も混じる。 「いいじゃないか!婚姻を結んだ王子と天使はそのまま塔で一夜を明かすって、今週の週刊☆シュワルダに書いてあっ」 バタンと早急に戸を閉める。 「お、王子……ありがとうございます」 「い、いいんだ!……いいんだ……」 わざとらしく笑いながらオリバーはグウェンの隣に座った。しかし突然乱暴に窓を閉めたオリバーに少し恐怖を覚えたグウェンは、ささやかに、ほんの数センチだけ、距離をとった。もとい、畏敬の念から王子と同じ空間にいることも、はなから心苦しかった。 「……あの……本当に、僕……」 そして、硬い声を発する。 「……いいよ。しょうがなかったんだ」 「あ、謝って……済むことじゃないって、分かってるんです」 「うん……」 「王子も処刑されるかもしれないなんて…」 「塔の管理は僕の役目でもあるんだ、行き届いていなかった責任は当然僕にある」 「あの、だ、だから……」 そこで言葉を区切り、グウェンはいきなり王子に両手を差し出した。 固く握った拳が震えている。 「斬って下さい」 「……え?」 「斬って下さい。不法滞在を犯したゴブリンを退去させるために戦闘になった、と……証拠づけるために」 「証拠づけるっって、そんな事実無いだろ……」 「王子がお役目を全うした上でのこの不祥事なら、刑も重くはならないでしょう」 「…………」 オリバーは目の前のゴブリンを見つめた。 その内側にあるものを見出だすために。 上流階級の思惑飛び交う王宮暮らしの中でこのような生き物に出逢うことはなかった。 このような、悪く言えば愚直で──言い換えれば、真っ当な者に。

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