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色事R15
宵闇の中、手を繋ぐふたり。
下の喧騒がどこか遠くに聞こえる。
「あ、の。王子」
グウェンは勇気を振り絞り、声を出した。
しかし酷くかすれている。
「ゴホッゴホッ……」
「これは。風邪かい」
「っあ、ゴブリンは元々ひしゃげた声ですので……」
「せきが出ているじゃないか」
「それは……」
(王子様の手前、どうにか綺麗な声を出せないものかと悪あがきしてしまった)
(け、けどそれより……!)
いつの間にか王子の上着を掛けられてしまっていた。さすが王子。グウェンが咳き込むやいなやの、あざやかな早業だった。
華麗な指がグウェンの肩に触れる。
「サイズが少し大きくて良かった。
充分に暖かくなるはずだよ」
ドキドキと心臓が早鐘を打つ。
上着から、オリバーの深く甘い匂いがする。
「こんな、身に余ります……!王子、僕なんかに王子のお召し物を、」
「ふふ。身に余るって、どっちの意味?」
「……え、」
意味が分からず、数秒固まってしまう。
甘いアクアマリンの瞳に見つめられて溶けてしまいそうだ。
「サイズ。少し……大きいかな?」
「……っあ。サ、サイズ感に文句をつけるなんて滅相もございません!洒落じゃございません……!」
必死に頭を働かせ喋りつぐ。
(うぅ、王族の会話ってやっぱりこんな高度なんだ……!?返事、今ので合ってたのかな…!?)
憔悴するグウェンを知ってか知らずか、オリバーは愉快そうに微笑んだ。
「あはは。ごめんね、少しからかいたくなったんだ。緊張しなくて良いよ」
「そんな、なかなか……」
(何でからかいたくなったんだろう……!?)
頭がパンクしそうだ。
綺麗な上着に身を縮こまらせる。
けれどなぜだか離したくなくて、無礼と分かっているのにぎゅっと裾を握る。
それを見て、オリバーはごくりと喉を鳴らした。
ふわりとグウェンに覆い被さる。
「……!?」
突然抱き締められ、心臓の音が最高潮に達する。思わずもがくが、更にきつく抱き締められる。
「本当に、ごめんね」
「え、」
「……訳も分からず詰め寄られて、……怖かっただろう」
「……っ」
──怖かっただろう。
その言葉を聞いた途端、グウェンの何かが決壊した。喉に熱がのぼり、涙が溢れだした。
「っう……うぅ……」
──怖かった。
何十年も孤独に生きてきて、やっと声をかけられたかと思うと罪を責められ。
憧れの王子との対面は断頭台に上るような気持ちで終え。
何もかも分からない。もう、何がいけなかったのか分からない。
「ごめんね。もっと泣いて」
「いえ…っ、僕、僕がいけなかったので…」
「違う」
「………っふ……うぅ…」
「僕らが巻き込んだんだ。ゴブリンを森の奥に追いやって、大事な情報が届かないようにして。塔のことなんか知らなくて当然だ。それなのに責め立てて、酷い事をした」
「ひっ……ぅ……っ」
泣きじゃくるグウェンをあやすように背中を撫で、オリバーは唇を噛んだ。
(くそ……まずい。もうじき月が隠れてしまう時間か…)
別の事情で、眉間に皺をよせる。
グウェンはというと、嗚咽を溢しながら、ゴシゴシと目元を擦る。王子の肩口が涙で濡れてしまったのだ。必死に考えをめぐらす。
(あ、どうしよ……。ハンカチは持っていないし、この塔には泥のついたタオルしか…っ)
おぼろげな頭で考える。
結果、グウェンは大胆な行動に出た。
「……!?グウェンっ……?」
「っふ…、んっ……」
チウ、と水音が立つ。
グウェンはオリバーの肩に顔を埋め、口付けするように涙を吸い取っていた。
驚いて肩を震わせた王子を両手で押さえる。
「すみませ……今、綺麗にしますから……」
「ちょっ……いけない!こんなの平気だよ、顔を離して」
「ん……んっ……」
どこか色を含んだようなグウェンの声に、オリバーは耳を疑いながら抗った。
「……っやめろって!!」
「あっ」
ドサッ、とグウェンは床に押し倒された。
途端に正気に戻り、ハッと息を呑む。
すぐ目の前にオリバーの端正な顔があった。
しかしその瞳は、先ほどまでのウルトラマリンの輝きは無く──
「……ハァ…ッ」
獣のように真っ赤な瞳が、こちらを真っ直ぐ射止めていた。
二人の荒い息が重なる。
「っあ……王子、目が……」
「くそっ、すまない、グウェン……!」
「え、あぁっん……っ」
オリバーはおもむろにグウェンの首筋に吸い付いた。ピチャ、と音が立ち、甘い空気が漂う。
「あっ、あっ、な、に」
「……ん、ハァ、ハァ…」
チュ、チュ、とキスの嵐は止まない。
塔の下ではまだ騒がしく宴が続いていた。
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