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第21話 蓮

   午前中に何とか銀行に行かせてもらおう。そうすれば今日の昼飯代も何とかなる。定期券もないから所持金は今日の電車代払ったら数十円しか残らない。  小銭しか持ってないとか、小学生レベル。朝食は、もともと食べたり食べなかったりだ。抜いても問題ないだろう、水さえ飲んでおけば何とかなる。早めの電車に乗って会社に行けば、やる事はあるし、そう思っていつもより一時間早い電車に乗った。  この時間はこんなに空いてるんだと、周りを見回したら主任がいた。たった二日会えなかっただけなのに何だか、懐かしい気がする。  駆け寄って挨拶する。ふわっと笑うその笑顔にドキッとする。微かに木蓮の香りがした、夢を思い出して恥ずかしくなった。目を合わせられずに下を向いた。  その視線の先に主任のシャツの内側が見えた。座ってる主任を見下ろす形になったので、普段見えない首筋がちらりと見えた。  え、あれ?シャツの襟の内側からのぞく首の付け根のところに薄くなってはいるけれど、小さな赤い痕がある。  夢の中で俺が付けた口付けの痕と同じ位置。  どういう事だろう。  夢から抜け出した?生霊でもあるまいしと頭を振る。  そんなわけは無い、誰かと俺が帰った後に会ったのかもしれない。あの部屋で何かが、考えるともやもやとしてきた。何だろうこの気持ち。  朝から会えて嬉しかったはずなのに、悲しくなってきた。  「あの主任、週末はお世話になりました」  社会人としてまず礼を尽くすことは忘れてはいけない。  「今、持ち合わせが全く無いので、今日銀行に行ってからお返しします」  自分でもわかるくらい声のトーンが低い。はあ、なぜに俺は落ち込んでいるんだろう。  「ん?持ち合わせ無いって、ちゃんと飯は食ってるんだろうな?」  主任が心配してくれている、何だか嬉しい。  「ええ」と答えるのと、腹がなるのとが同時だった。主任は肩を震わせて笑いをかみ殺している。恥ずかしい、情けない。本当に消えてしまいたいと思った。

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