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第22話 匠

 笑いをこらえるのが、こんなに大変だったとは思わなかった。駄目だ噴き出しそうだ。こいつの側にいるといろんな感情が湧いてくる。ついこの間までの荒んだ俺の生活にはなかった感情だ。  「上原、朝飯付き合え。奢るから」  そう伝えると、明るい表情になる。嬉しいという感情が漏れている、やっぱり犬っぽいな。  いつも朝早く家を出て、コーヒースタンドに立ち寄ってから会社に行く。あいつと暮らしていた頃からの習慣だ。  出勤時間が違っていた。あいつの会社の方が出社時間が三十分早い。一緒にマンションを出てコーヒースタンドしばらく一緒に時間を過ごす。見送って、新聞を読んでから自分の会社へと向かう。染み付いた習慣は取れない。  ニューヨークに転勤すると言われ十年の関係は終わりを告げた。最後はもう愛情なのか意地なのか固執する理由がわからなくなっていた。そんな関係にピリオドを打つにはちょうど良かったのかもしれない。  二度と恋愛はごめんだと思っていた。そんな情熱も感情も枯れてしまったと思っていた。  そう思っていたのに、上原は俺の触れてほしく無い心の琴線に触れてくる。ころころと変わる表情が可愛くて抱きしめたくなる。  高校生の時から長い月日をたった一人の人間と分かち合い、そのまま二人で老いていき、残りの人生も過ごすのだと勘違いしていた。相手の気持ちまで思いやる事さえできていなかったと気がついたのは別れた後だった。  今更だが、拙い恋愛ごっこだった。もうあんな思いはしたくない懲りた、なのに何でまた今上原に心を動かされているんだろう。  「好きなの食え、朝から笑わせてくれたお礼だ」  そう言うと上原は真っ赤になった、今日はいつもと違って楽しいかもしれない。

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