23 / 336
第23話 蓮
偶然主任と会ったあの朝以来、早い電車で会社に行くことにした。さすがに1時間早い電車はつらいから30分だけ早く。
いつもの席で新聞を読んでいる主任の姿見つける。
ちょっと離れた席で同じようにコーヒーと軽い朝食を済ませて、「おはようございます、お先に失礼します」と声をかける。
朝からきちんと食べるようになってから体調がいい気がする。主任は俺が店に入るといつもちらりと、俺の方を見る。同じ席に座るのは図々しいと思うから、少しだけ離れている。この距離なぜか気持ちいい。
今日も主任の姿を探して、コーヒーショップの中を外からのぞき込む。
あ、誰かが主任の隣にいる。珍しい、見たことない人だ。同じ会社の人じゃない、雰囲気が違う。
「えっ?」
あの人、主任の右手を両手で包み込むように握っている。何を話してるのかは外までは聞こえない、急いで中に入らなきゃいけない。
「お、おはようございますっ」
勢いがついて、少し大きめの声に店の中の人の視線が集まった。
確かに主任の右手を上から包み込むように握っていたはずのその手は、いつの間にか離れてた。見間違いではなかった。絶対に見間違えてはいない。
やはり社章が違う、同じ会社の人じゃない。視線をその人の顔の方へ送ったら、すごい顔で睨まれた。何だろう、この嫌な感じ。その綺麗な男の人は、すっと立ち上がり、作り笑いを向けてきた。
「上原さんですか?アズマ商事の紺野と申します。いつも田上がお世話になっております。では、失礼します」
まるで機械の音声のような声で、そう言うとその紺野さんはもう一度主任の方を見た。
「匠、また連絡するから」
その人からふっと主任と同じ木蓮の香りがした。
な、何?あの人、お世話になってますって逆だろう。お世話してもらってるのはこっちだし。アズマ商事って、あの大手の商事会社。うちと取引きあったっけ?
「あの、主任、今の方は?」
主任はちょっと困ったような顔をしたけれど、いつもの笑顔に戻った。
「まあ、何だあれだ、同級生だよ」
それ以上聞くなと言った空気をまとって主任は新聞に目を落とした。
ともだちにシェアしよう!