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第24話 匠

   朝いつものコーヒースタンドで、いつものように仔犬が駆けてくるのを待つ。  あいつは、いつもお日様を連れてくる。決して同じ席には座らない。少し離れた席でにこにこしながらトーストを頬張っている。きっと呼べば尻尾を振りながら駆け寄ってくるのはわかっている、でも敢えて呼んでやらない。呼んで欲しそうなあの顔を見ているのが好きだから。  今日も転がるようにやってくるのかなと、定位置でコーヒーを飲みながら新聞を広げた。五分ほどした時に誰かがことんと俺の真横に座った。  「え、お前何でここに」  「おはよう、匠。今もまだ朝はここなんだね、待っててくれたの?」  「紺野、なぜここにいるんだ?」  「匠はもうコウって呼んでくれないの?」  そう言うと紺野は俺の手をぎゅっと両手で握りしめた。  「紺野、離せ。もう後輩も来る。やめてくれ、俺たちは終わったはずだ」  そう、こいつは高校の時から10年の間を共にした俺の元恋人。  「匠、もう新しい恋人ができたの?ダメだよ俺じゃなきゃ。離れてわかったよ、匠がどれだけ俺にとって大切だったか」  散々苦しんだ、やっと乗り越えて自分らしく生きる事が出来るようになった。なのに今更またなぜ。  「あ、上原」  外から覗き込む上原を見て声が出た。それを聞いた紺野は「ふーん」と言うと手を離した。  「匠の趣味変わったね、それとも俺へのあてつけ?」  いやいや、上原はストレートだから違う。そう思うが別に紺野に伝える必要なんてない。紺野は上原に挨拶しなきゃいけないと立ち上がった。  「誰かですか?」と突っ立ったまま問う上原に同級生だよと、嘘はついていないが本当のことも言えなかった。  どうしていいのかわからず新聞を広げた。上原にはなぜか叱られた仔犬のように尻尾を丸めて窓際の席でぼんやりと外を眺めていた。

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