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第25話 蓮
なぜか胸がちくちくとする。何だろうこの気持ち。
さっきの同級生と言う男の人は、絶対に主任の手を握ってた。見間違いじゃない。
そして主任は俺に嘘をついた。あれだけ表情が変われば俺だってわかる。何で嘘をつく必要があったのか気になって仕方ない。
「おい上原、遅れるぞ」
主任が新聞で俺の頭を軽くポンと叩いた。見上げた主任の顔はいつもの主任だった。さっきの切なそうな顔はもうそこにはなかった。
「はいっ」
慌てて立ち上がり後を追いかけた。やっぱりこの位置が心地いい、少し遅れてついて行くこの距離が好きだ。
会社に着くと課長から呼ばれた。
そろそろルート営業の方なら1人でも回れるかと聞かれた。できる限り仕事も一人前にこなせるようになって、主任にも認めてもらいたい。二つ返事で「できます」と答えた。
主任が担当していたお客さんから話し合って何社か引き継ぐようにと課長に言われた。
「課長にそろそろルート営業の方を少し1人でやるようにと、言われたのですが」
パソコンの画面を見ながら考え事をしていた主任は声をかけられたことに驚いたように顔を上げた。
「え?ああ、上原か」
少し間が空いて、それから椅子を回転させ俺の方を向いた。
「とりあえずは近場がいいだろうな。今日の午後行く丸山電機、お前担当してみるか?」
結構大きな会社を最初に任せてくれると言われて緊張した。でも、主任の信頼はもっと嬉しかった。期待に応えなきゃいけないと思った。
ふと主任のパソコンの画面に目がいった。開きっぱなしのメールが見えた、そこにあったのは今朝会ったあの人の名前。「アズマ商事 紺野康介」
これは見てはいけないものだ、そう思い慌てて画面から視線を逸らした。
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