27 / 336

第27話 蓮

   昼食は社食で急いで済ませデスクに戻る。デスク辺りには誰もいない。出かける前に顧客データを確認しておきたかった。あれ、丸山電機のデータが見当たらない。  「上原、まだ昼飯食ってないのか?」  主任が課長との打ち合わせを終えて、丁度デスクに戻ってきた。  「いえ、丸山電機の資料を確認しておこうと思いまして。食事は急いで済ませました」  「そうか、じゃあ」  「あの、確認しようと、そう思ったんですけどデータの所在がわからなくて」  情けない、そう思ったが確認することが一番の近道。主任が近づいてきて画面をのぞき込んだ。  「どれ?見せて」  主任の立ち位置が、近い。上から覆い被さるように覗き込んでいる。ああ、木蓮の香りがする。  「ああ、そう言えば、この前データ移動したな」  「ここのファイルに一緒に入ってるから」とマウスに乗せていた手の上から、手ごとマウスを掴んで動かした。主任の手に俺の手は包みこまれる形になっている。  は、何だろうこの動悸。心臓が痛い、まるで後ろから抱きしめられているみたいになっている。いやいや、後ろから抱きしめて欲しいなんて、どこをどうしたらそうなるんだろう。  カチッとファイルをクリックした後で、初めて俺の手に気がついた主任は小さく笑った。  「ああ、お前の手って小さいのな」  そう言って微笑んだ。 トクトクと自分の心音が耳の横でする。どんどん速くなっていく。緊張してるんだ俺。今日は朝からおかしい。

ともだちにシェアしよう!