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第30話 匠
この流れはまずい、触れられれば当然反応する。紺野は俺の弱いところを知っている、抗えない。
「よ、よせ、止めろ。紺野」
「でも匠の身体は俺の事を覚えているのに?ねえ、止めて良いの?辛そうだよ」
カチャリとベルトが外れる音がした、慌てて紺野の手首を掴んだ。
「紺野、本当に……止めてくれ。頼む」
心と頭は、駄目だと叫んでいても体は出口を求めて応えてしまうのだ。
このままでは、まずい。
「いいよ、匠は何もしなくて、俺が勝手にやるから。匠が俺を拒むとか、あり得ないでしょう」
何度裏切られても、許して来た。多分それは、愛していたから。
でもそれさえ本当の愛情だったのかもう分からない。単なる意地だったかもしれない。紺野が愛しているのは本当は俺なんだという確信が欲しかったのだ。
もう二度と戻りたくない、そう思っているのに動けない。紺野に脱がされるままにジャケットが床に落ちる。
また同じ事を俺は繰り返そうとしている。そう思った瞬間に携帯がなった。
「電話出ないの?出てもいいよ、俺はこのまま勝手に続けるだけだから」
紺野は俺の鞄から携帯を取り出し「へえ、なるほどね」そう言って俺に渡した。
俺のベルトに手をかけると、ぐっと引っ張った。バランスを崩して俺はドサッとソファに腰を落とした。
渡された携帯は上原からの着信を知らせていた。
「良いの?今朝の会社の子でしょ。急ぎかもしれないじゃない」
こういう時の紺野は危ない、今こいつは上原の名前に反応して執拗になっている。
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