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第32話 匠
ソファに落ちるようにして座った俺の脚の間に、ラグの上に胡坐をかいた紺野がいる。肩を掴んでぐっと押して、紺野の体を自分から引き剥がした。そして、俺たちはもう終わったんだと告げた。
まるで俺のセリフは聞こえなかったかのように、紺野は顔を上げると笑いながら誘ってくる。
「ねえ、何の話だったの?仕事終わったのならベッドに行こう」
上原からの電話がなかったら完全に流されていた、今ギリギリの線上にいる。
紺野を押し退けるように、急いで立ち上がると服を整える。出張の時に持っていくキャリーに三日分の着替えを放り込む。あいつが出ていかないのなら俺が出て行くしかない。
「どこいくの?どういうつもり?」
まるで俺があいつを捨てて行くような言い方をしているが、もともと出て行ったのはあいつだ。
「早いとこ自分の住むとこ探せ、俺が戻るまでに出て行け。それと、鍵は。どうやって入った」
紺野はふふふと笑う。切れ長の目の綺麗な顔は、高貴なイメージがある。笑うと更に艶が出て妖艶に見える、昔はこの顔に欲情した。
「スペア、作ってないはずないでしょう。たかがニューヨークに行くくらいで、鍵置いて行けなんて今生の別れみたいな顔で言うからさ」
こいつの中ではいつもの浮気の一回、楽しい遊びの延長だったのか。俺の苦しかった日々などなかったことのようになっている。
「匠、あの子と早く別れて、許してあげるから」
そう言われて頭に血がのぼる。
「紺野、二日やる。必ず出て行け、俺たちはもう終わった」
そう言い捨てて、部屋を出た。明後日までは絶対に帰らない、カプセルホテルでも眠るには十分だ。
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