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第33話 蓮

 緊張で、どきどきしながら主任の部屋の番号を押して呼び出した。  変じゃないはず、明日の朝一で書類を見るより、前日に確認できた方が良いから届けるだけだ。他意はない、それだけ。  もしも主任の具合が悪かったら、何か手伝いができるかもしれない。たまたま同じ駅だったから寄っただけだ。別に頼まれてはいないけれど。  いろいろ理由を考えながら、プリントアウトした書類を握りしめて、マンションの入り口に立った。  エントランスで緊張しながら待つと、すぐにロックが解除されマンションの入り口の自動ドアが開いた。エレベーターに乗る間も何をどう言えば良いのかと考えていた。部屋のドアの前で踊りだしそうな心臓を抑えながらインターフォンを押した。  ゆっくりと開いたその扉の先にいたのは主任ではなく、素肌にバスローブを羽織った男性だった。  「何、匠に用?今、俺たち見ての通り取り込んでるんだけど、緊急?匠は今出られないから、用があるなら俺が聞くけど」  濡れた黒髪の恐ろしく綺麗なその人は腕組みして壁に寄りかかり、明らかに不快な顔をして俺を睨んでいる。  ああ、今朝会った紺野さんだ。この人と主任の距離は単なる同級生の距離じやない。そして朝見た風景は見間違いじゃなかったんだと分かった。  「す、すみません。急用ではないので明日会社で大丈夫です、失礼しました」  一気に言い切ると慌ててドアを閉めた。エレベーターに戻り一階のボタンを押そうとした。なぜか、ボタンが霞んでよく見えない。驚いて自分の頬に触れた。  「あれ?俺……どうしたんだろう」  外の風景もいつもより遠く滲んでいる。街の空気もまるで知らない街のような匂いがした。

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