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第36話 匠

 朝から上原がいない。マスクして帽子かぶってたという。あんな食生活してるから体がもたないんだ。    今日あいつの様子見に行ってやっても良いかもしれない、一応あいつのメンターとしての責任がある。  いや、単純に会いたい。会うのが怖いと思うと同時に会いたくて仕方ない。  紺野との再会は俺の気持ちを大きく後押ししてくれた。  昼休みに上原に電話して少し安心してデスクに戻ると、今一番関わりたくない相手からのメールが来ていた。今回は開かずに削除した。もう戻らない、そう決めたから。  丸山電機の担当は上原と俺の二人体制になった。さすがに新人1人に任せておける客先じゃなくなってしまった。かといって急に担当が俺1人に戻るのもまずい。客先を信用していないように映ってしまう。だから上原の指導役として暫く同行する事になった。  ついでに上原をこれから新規開拓にも連れてけと、課長に指示された。これで俺は常に仔犬を連れて歩いて回る事になったなとおかしくなった。忠犬、ハチ公、いやいや。上原の事を考えるだけで自分にも優しくなれる気がする。  今日は上原が休みだからか、雑事まで自分の仕事になってしまう。なんだかんだ言いながらもあいつはきちんと自分の仕事はこなしていたんだと改めて思う。  たまには飯食わせてやっても良いかな、そう思いながら次の客先に出す資料をファイリングしていた時に「主任、お客さんです」と、声をかけられた。  顔を上げると、紺野がひらひらと手を振りながら笑っていた。

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