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第38話 匠

 「お前、一体何で」  声が詰まる。  「本日は当社の新しいサービスについてご説明を。田上さん、ちゃんと聞いてよ。営業で来たんだからさ」  「何の冗談だ、取引なんて今まで無いはずだ」  「別に新規開拓として、知り合いの伝手を頼るのは普通でしょう」  それは確かにあるだろうが会社の規模が違いすぎる。うちは中堅どころと言っても年商では紺野の会社とは釣り合わない。  黙っていると紺野が切り出した。  「匠が家出とか、子供っぽい行動をとるからだよね」  当然、こっちが本題だろう。まさか、会社まで来るとは思わなかった。  「俺が思い通りにならなくて意地になってるんだろうけれど、もう今更だよな。」  「え、何言ってるの?匠はずっと俺のものって約束だよね。そもそも匠が俺を押し倒したりしなきゃ良かったんだ。そうすれば今頃、俺たちは単なる友達だったはずなんだから」  そこまで話が戻るのか。元々、女性を見ても生理的に受け付けない。気が付いたら隣に住む二歳年上の男性に恋していた。  時を経て、高校で出会った紺野に一目惚れした。若さという無謀な力を梃子(てこ)にして紺野を力づくで手に入れた記憶はある。  一生離れない、そう誓った。た何度も裏切られ、若さという勢いがなくなった今となっては、もう綺麗な思い出にしておきたいというのが本音だ。  こいつがなぜ俺にこだわるのか良く分からない。  「もう帰れよ、俺の気持ちはもう枯れてしまったよ。それにこれは会社でする話じゃない。帰れよ、俺も仕事がある」  「あのチビちゃんはどこ?一応挨拶してから帰らないと、昨日の事もあるしね」  昨日の事?何かあったのか、上原との接点があるはずがないのに。  「やっぱり、あの子との浮気は確定か。なぜそんなに焦った顔するの?時間あげるからさっさと手を切って。これ俺の新しい携帯番号、別れたら連絡して」  そう言うと資料を自分の鞄にしまってニッコリと笑う。  「田上さん、貴重なお時間をありがとうございました」  それだけ言い残すとさっさと出て行ってしまった。「昨日の事」って何だろう、単にかまをかけられただけなのだろうか。

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