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第51話 蓮

 喉が渇いて目が覚めた。部屋は真っ暗だった。心地よい木蓮の香りに包まれて溶けそうな気持ちになっていた。  水を飲むために体を起こした。そして自分が裸で主任に抱きしめられていたと言う事に気がついた。  はっと、思ったその瞬間。さっきまでの自分の痴態が一気に蘇る。叫びそうになるのをこらえながら、主任の腕の中から這い出した。  ベッドの周りに落ちている自分の衣類をかき集める。  なるべく静かに主任を起こさないようにシャワーを浴びる。急いで着替えて荷物をまとめる。主任に合わせる顔がない。  「あの人は恋人なんですか」なぜあんな事を言ったんだ。  俺は馬鹿なのか、会社のそれも男上司に迫ってどうするつもりだったんだ。  どうしたらいいのか分からない、社内恋愛は禁止ではないけれど……それ以前に恋愛でもない。もうパニックだ。  先に帰ろう、なるべく一緒にいない方が良い。転属願いは一年目から出せるのだろうか。どうしよう。  ホテルの備え付けのメモに走り書きして部屋を出た。時計を見ると朝の5時半、新幹線の始発の時間も分からないけれど駅までタクシーで向かった。  始発の新幹線に飛び乗ると安心して眠たくなってしまった。体を窓枠に預けてうとうととした。  いつの間にか熟睡していたようだ。目が覚めると既に9時をまわっていた。あと二時間で東京に着く。駅から会社まではタクシーで十分。昼前には会社に出られる。  携帯には主任からの着信があった。メッセージを確認すると心配する声が。その声を聞いたら何だかあたたかいものが体の中心から溢れてくる。ああ、やっぱり俺は主任の事が。  認めたくないけれど、もう認めるしかない。

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