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第52話 匠

 羽田空港からもう一度上原に電話を入れる。朝かけた電話には折り返しがなかった。今日は午後までには出社する予定になっている。一緒にいるはずの上原が迷子ですとはさすがに言えない、どうするんだ。  3回目のコールの後、小声で「はい」と上原が出た。  「お前、どこにいるんだ」そう聞くと新幹線の中だという、どういうつもりだ。  十一時には東京駅に着きますから途中で食事して、午後一の出社には間に合いますと言う。  昨日の夜の事には触れてこない。別々に帰ろうと上原が考えたのはそう言う事なのだろう。俺も何事もなかったように振る舞うのが正しいのだ。  自分の気持ちは伝えた、だから届かなかったという事だ。  「わかった、気をつけて」  電話を切る。思いのほか大きなため息が出た、同じ気持ちだと思っていたのは勘違いだったらしい。何事もなかった事に本当にできるのか俺。  毎日顔を合わせるし、それより春までは仕事上ではパートナーだ。だが仕事は仕事。プライベート持ち込まない。  会社へと向かうが上原不在の理由が言えない。仕方がないので上原が追いつくまでいつものコーヒースタンドで外を見ながら時間を潰した。  三十分かかるか、かからないかで見慣れた姿が影を見せた。コーヒーを片手に店を出て上原を捕まえる。  「勝手に行動するな。お前を最初の出張で迷子にしましたって、笑い話にもならん。ほら、行くぞ」  いきなり肩を掴まれて驚いたのだろう、凍り付いて上原は動けなくなっていた。考えなしに行動したんだろう。  いつもと同じ様に接する事が出来た。この調子なら何とかなるのか、あくまでこいつは可愛い後輩。そう、俺の一方的な感情を押し付けても仕方ない。  「お前、今日の夜は出かけるんだろう。早く戻って出張報告仕上げとけよ」  そう言うと上原が下を向いた。

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