58 / 336

第58話 匠

   並んで座るバーカウンターで黙って酒を飲む。  二人でここに来るのは久しぶりだ。  「あら、珍しい組み合わせね、二人とも来ないから別れちゃったのかしらって心配してたのよね」  二人で気兼ねなく飲めるこのバーに足を運んだのは一年半ぶりだ。  「俺たちが別れるはずないでしょう?どれだけの時間を共有してきたと思ってるの」  確かに紺野の言う通り、俺も決して別れないと思っていた。一年前のあの日までは。  「俺、ついて行くから」  そう言い残して出て行った紺野の後ろ姿か忘れられない。  永遠とも思えた関係が崩れるのは一瞬だった。紺野がついて行ったのは紺野の母親の再婚相手、つまり義理の父親。  どんなに遊んでも必ず最後は俺のところに帰ってくると信じていた。帰る場所は俺のところじゃなくて、その人だったのかと驚いた。  まさか長い間二人が続いていているとは夢にも思っていなかった。  アズマ商事に就職したのも義父の推薦があったからだ。本当は俺が浮気相手だったのかもしれない。それから半年かけて立ち直った。時間だけが薬だった。  もう恋愛なんて十分だと思ってた俺の前に現れたのが上原だ。やっと踏み出そうと思ったところなのに何故俺の前に立ちはだかる。  何も言わずにしばらく飲んでいたら唐突に紺野が話し出した。  「あの人を置いてきぼりにしちゃった、身勝手だと思ったけれと。あれだけ愛してるって言ってくれたのに」  聞きたい話じゃない。俺にどうしろと言うんだ。  「匠、やり直したい。昔、絶対に自分からは別れないって誓ってくれたよね。だったらその言葉を守って。もうどこにも行かないから」  そんな都合のいい話とは思うけれど、今俺も誰かの肌の温もりが必要だった。俺たちは結局お似合いなのかもしれない。  「住むとこ決まったのか?」  そう聞くと首をふる、ホテル住まいだと言う。  「帰るか」  言ってはいけない一言を紺野に告げてしまった。

ともだちにシェアしよう!