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第67話 蓮
アズマ商事の紺野さん。
主任に何の用事なんだろう。心に針が落ちてきたみたいだ。お腹の中心が冷たくて息が苦しい。
仕事の話だよね、会社だし。
頭の中でぐるぐると回るのは金曜日の夜に二人並んで主任のマンションに入っていった後ろ姿。
最初に主任の部屋に行った時、あの人に「匠に用?」と、冷たく聞かれた。
涙が出そうになる、今まで失恋して泣いた事などないのに。
今までもなんとなく付き合って、なんとなく別れてきた。特に執着もしなければ、後悔もない。でも今回ばかりは無理、やっぱり俺は主任が好きだ。
正直に告白して気持ちを浄化させない限り、先に進めない。このままじゃ駄目だ。でもそんなことをしたら、主任も俺も会社に居づらくなるかもしれない。もう息ができない、本当に苦しい。
「上原君?ねえ、顔が真っ青だよ。どうしたの?大丈夫?」
山中さんに言われて気がついた。俺は呼吸さえ自分でコントロールできていない。まるで呼吸の仕方も忘れたみたいだ。
「ねえ、うちってさ、アズマ商事なんかと取り引きあったっけ?」
山中さんは首をかしげて考えている。
「そう言えば、前にも営業でアズマ商事の人って主任を訪ねてきてたよね。すっごく綺麗な男の人だったよね」
山中さんも覚えてるんだ紺野さんの事。綺麗な人。そう綺麗な男の人だった。
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