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第84話 匠
まあ正直、面白くはない。
あの子が上原に興味を持っているのは知っていた。でも、こんなに積極的だったのは意外だ。早めに手を打っておかなきゃいけない。
泡のたったバスタブにゆっくりと上原を降ろと、バスローブを脱いで入った。膝の上に上原を乗せる。浅いが広さは十分ある。
いちいち戸惑って赤くなるのも可愛いし、その顔を自分がさせているという事実に満足する。
「あの主任。その、あの当たっているんですが」
わざとだというのに、上原は恥ずかしいのか下を向いてしまった。目の前に白い首筋がさらされる、シャツでギリギリ隠れるか隠れないかという位置に強く口づける。
「え、しゅ、主任?」
上原が驚いたような声を上げる。
「主任じゃなくて、匠ね。ここに俺のものって印をつけておいたから。放っておくとお前、変な虫がすぐ付きそうだからな」
「そんなことありません。主任、あ、た、たく、みさんだけしか見てません。」
その言葉にさらに硬度を増したモノが上原の後ろに当たっている。
今ここでもう一回なだれ込むと、こいつはもう今日立てないだろう。せっかくの初デートずっとベッドでも、俺としは問題なしなのだが。さすがに上原がかわいそうだ。
「蓮って綺麗な名前だよな、蓮の花に関係しているの?」
話題を変える、もっといろいろな事も知りたいし、今は無理をさせないように。
「いえ、祖父の名前から一文字貰っただけなんです。あ、兄は父から一文字で。2人とも漢字一文字なんですよ。あ、ちなみに兄はユウって言います。勇敢の勇です。主任はご兄弟はいらっしゃるのですか?」
「匠だから。主任って呼ぶのは止めてくれよ、会社の後輩に手を出しましたって改めて言われてるみたいだから。まあ、実際はそうなんだけれどね」
上原は相変わらず主任と呼びたがるが、二人きりの時はなしだろう。
「俺の家族ね、姉貴がいるんだけど家族には縁を切られたから一人ってところかな」
本当の事だ、この先関わることもない。上原を紹介する事も当然ないだろう。
「すみません、いつも余計なこと」
慌てて謝るそのバツの悪そうな顔。ああ、この顔見てると虐めたくなってくる。わかってやっているのか?
「じゃあ、お前が代わりに家族になってくれる?」
上原は少し頭をかしげた。真剣に考えてるようだ、全くこいつは。
冗談だよと言おうとしたところで、少し赤くなりながら上原が言う。
「たっ、匠さんがそれでいいのでしたら」
本気か?
つい笑ってしまった。上原は駆け引きとか、策略とかそういった事とは無縁の存在だ。歪んだ愛情しか見てこなかった俺には少し眩しすぎるかもしれない。
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