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第85話  蓮

 誰かを好きだという感情はネズミ算式に増えていくんだ。使っても減らない、かえって増えていく、そんなものは他にはない。  「そんな可愛い事言われたら我慢出来ないんだけど。せっかく今日は無理させないと思っていたのに」  そう主任は言うと体を強く抱きしめてきた。  「ここでもいい?」  主任が優しく微笑んでいる。そして目を覗き込むようにして、真っ直ぐに見ている。お腹を内側から掴まれたような、捻じられたような気持になる。  ゆっくり目を閉じて主任の舌を迎え入れた。  「蓮、腰が揺れてるよ」  主任に指摘されて明るいバスルームの中での自分の痴態に恥ずかしくなる。背骨を辿るように滑る指が下へと伝っていく。その先にある快感を覚えている体が興奮でふるふると震える。恥ずかしいのに、それなのに早く触ってほしい。  「匠さん、好きです」  そう呟くのと同時に指がクッと中に入り込んできた。お湯の中で浮いた腰が水面を揺らした。  小さく発したはずの声が、バスルームの中で響いて自分の声にさえ煽られる。自分のものとは思えない声に自分自身で驚きながらもその波にのまれていった。  身体中で主任を感じたくて、目の前に見える壁が悲しくて、体を捩るようにして主任の方へ向き直り、すがりつく。主任は俺の腰に手を回し、水の浮力を借りて体の向きを変えた。  向き合って何度も口づけを交わして、互いの欲で溶けそうになりながら一つにつながる。体も心もひとつに深く深くつながる。

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