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第86話 匠
本当に昨日が初めてだったのか疑いたくなるくらい反応がいい。上原は全てに於いて素直だ。身体の感覚にも素直に従うのだろう。
そして俺は今までの経験も、無 にされるくらい翻弄されている。捉えたと思ったのは勘違いで、囚われたのは俺だったのかもしれない。
湯舟の中に、欲望を吐き出したと同時に、かくんと上原の体が落ちた。
「え、れん?」
顔を見たら真っ赤だ、のぼせてしまっている。慌ててお湯からあげるとベッドに横にする。バスタオルを体にかけて水を飲ませると上気した顔ですみませんと言う。
どう考えても悪いのは俺だ、さっきの電話に少し苛ついていたのは事実だし。
「あ、チェックアウトの時間ですよね」
体を起こそうとする上原を上から押さえる。
「大丈夫、レイトチェックアウトにしてあるから昼までゆっくりしてろ」
冷やしたタオルで身体を拭ってやると少し落ち着いたようだった。頭を撫でると上原は目を閉じて気持ちよさそうにしている。
「どうしよう、お前の事を帰したくないんだけれど」
自分で自分の口をついて出た言葉に驚いた。上原は下からじっと俺を見ている。誘われるように口づける。体の芯からぞくぞくと上がってくるのは今までに感じた事のない感情。離したくない、誰にも触らせたくない。
俺は、こんなにも独占欲が強かったのか。
「今日も、これからもずっと一緒にいたいです」
小さく、ぽつりと言われる言葉に心が震える。駄目だ、こいつの直球は避けられない。今日の夜もまた抱きつぶしてしまうかもしれないと苦笑いしてしまった。
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