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第111話 蓮
急いで自分のアパートまで戻る。主任のマンションからは10分もかからない。兄さんの車を見つけて、助手席に滑り込んだ。
「お待たせ、主任のマンションの下にゲスト用の駐車スペースあるから、そこに移動させてくださいって」
「主任って、なぜお前がそこにいるの。アパートあるのに?それにさっき母さんに言ったカギかけ忘れたって話は嘘だろう」
そりゃ解るか、アパートに帰ってないのもばれたしな。
「んー、今一緒にいたいって言うか。あ、そこ右だから」
解ってはもらえない。正直に言うべきかどうか悩んでしまうけれど、いつまで内緒にしておけるかも分からない。
マンションの入り口に主任が立っていた。主任は心配してるはず。
「兄さん、そこのパーキングスペースに入れて」
車を停めて兄貴が降りると、主任が近づいてきた。
心音が速くなる。
「初めまして、田上匠と申します」
「こちらこそ。弟がお世話になっております。上原勇と申します」
社会人二人、まるで名刺交換でもしそうな雰囲気。
「とりあえず、ここでは何ですので」
主任に続いて、マンションの部屋に戻る。この先の展開が読めなくてもう吐きそうだ。
キッチンのフライパンには出される事のなかったチャーハンがそのまま残っている。お腹すいたなと、ちらりとそちらを見る。
ダイニングテーブルの上には俺が朝置いておいた手紙が残ったまま。内容が透けて見えるはずはないのに恥ずかしくてたまらない。
主任が、さっと手紙を片付けるとコーヒーを淹れるねと席を外した。兄さんは辺りを見回すように部屋の中を見ていた。
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