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第116話 匠

 従兄弟の結婚式に出席すると、昨日から上原は自宅に戻っている。  「誕生日のうちに必ず帰ってきますから、絶対に寝ないで待っていてて下さいね」  そう言って出かけていったが、三連休に恋人がいないなんて本当に手持ち無沙汰だ。   今年は、クリスマスイブが土曜日。きっと世の中はカップルだらけだ。出かけるのもはばかられる。  本を読みながら自宅でゆっくりと過ごす。たまにはジムにでも出かけようと夕方にやっと重たい腰を上げた。二時間ほどジムで軽く運動をして、久々に昔良く通っていた居酒屋に顔を出した。  誕生日だと知ると、オーナーが俺の奢りだと酒を勧めてくる。気がついたらかなり長居をしてしまっていた。  気が付いて時計を見ると十時をとうに回っている。  携帯を確認するが上原からの連絡は無かった。親戚もたくさん集まった席、そう簡単に開放してはもらえないだろう。それにあの時のお兄さんの言葉からも年内に答えを出せと迫られているのかもしれないと考えた。  まあ一日遅れの誕生会でも明日開いてもらおうかと、少し酔った足取りで家路に着いた。  静まり返ったマンションのドアを開ける。暗い室内に少しアルコールの回った足取りがおぼつかない。  「ああ、そうか一人だ」  ふうっと大きく息を吐いて、編上げの靴を脱ごうと玄関に腰をおろした。その時にどさっと背中に何か落ちてきた。  「うわっ!」  自分の声が妙に響いて聞こえた。  「お帰りなさい、お誕生日おめでとうございます。遅くなってごめんなさい」  耳元に囁かれて体が震えた、そう言えば妙に室内は暖かい。  「蓮、お前部屋を真っ暗にして何してたんだ?」  抱きつかれた腕を撫でる。え?素肌?  「蓮?もしかして……服を着ていないのか?」  「あの、そのっ匠さんに誕生日にエプロンを着ろとて言われてましたし……いざ着てみると自分のあまりの格好に情けなくなってしまって、すみません」  本当にこいつは俺をどうしたいんだろう。少しのアルコールと今日一日の寂しさと相まって、手加減出来る気がしない。  「蓮、お前がいるだけで、こんなに嬉しいなんて。俺と出会ってくれてありがとう」  ここが玄関だという事も、もう頭から飛んでいた。

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